コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.7 )
- 日時: 2014/04/05 13:58
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
*ねえ
私を見て
あの人じゃなくて
私を
ほかの誰でもなく
ただ私を
私だけを見て
*それから一月ほど経った。
いつものように森の中へと向かう。
今日もホムラとともに短いが温かい時間を過ごすのだ。
いつもより修行が長引き、ややいつもの時間に遅れぎみなので、小走りで草むらを駆け抜ける。
やがていつもの湖が見えてきたので、カエデの瞳はホムラの姿を探し始めた。
せわしく交互に動かしていた足をゆるめて、あたりを歩き回っていると、
すぐに大木にもたれて座る見慣れた背中が見えて、カエデの唇に自然と笑みが浮かんだ。
「ホムラ兄様!
遅れてごめんなさい!」
かなり大きな声で呼びかけたのにホムラは背を向けたまま、返事をしない。
「ホムラ兄様?」
ホムラの正面に回り込むと彼の顔を覗き込む。
ホムラはかたく瞼を閉ざし、かすかな寝息をたてて眠っていた。
どうやらカエデが来るのを待っている間に寝てしまったようだ。
無防備な寝顔に小さく笑うとカエデはその隣に腰をおろした。
ホムラを起こして、一緒におしゃべりもしたいが、もう少しこのままでいたい気もする。
どうしようかと迷っていたその時、ホムラが低くうめいた。
ゆっくりとまぶたが上がりホムラの瞳がぼんやりとカエデをとらえる。
彼の薄い唇が動いた。
「・・・ハルナ?」
ピシッと音をたてて世界が止まった。
ホムラはカエデの様子には気づかず数度まばたきを繰り返した。
「ん、ああ・・・カエデか」
彼は息を吐くと大きく腕を伸ばした。
「お前がなかなか来ねえから寝ちまったな。
あーーよく寝た!」
「・・・なんで」
自分でも驚くほど低くおし殺した声が出た。
「なんで・・・私を姉上と間違えたの」
遅れたことへの謝罪の言葉ではなく、
ただそのことだけが頭の中をうめつくす。
ホムラは一瞬きょとんとした後に、困ったように笑った。
「ははっ、悪ィ悪ィ。
お前とハルナって似てるから寝ぼけて間違えちまっ
た」
そしてひどく優しい表情でカエデの瞳を覗き込んできた。
「こうして見るとやっぱりお前ってハルナににてるよなあ」
見ていない。
ホムラはカエデを見ていない。
カエデを通してハルナを見ている。
空が曇り、一瞬ホムラの顔が見えなくなった。
「ハルナさあ、最近修行で忙しいみたいで、
なかなか会えねえんだよな・・・」
だからなのだろうか。
ハルナと会えない寂しさをまぎらわすために、
彼女と姿の似ているカエデと共に過ごしたのだろうか。
どうして自分と会ってくれるようになったのかとたずねれば、
優しい言葉しか返ってこないのはわかっている。
わかっているからこそ怖くてきけなかった。
「あー、カエデ。
ちょっとお前に言っておかなきゃなんねえことがあるんだよ」
申し訳なさそうな顔。
ツキンと鈍く胸が痛む。
「実はな、明日から燈沙門がおれに新しい式術を教えてくれるらしい。
それで、明日からはここにあまり来れなくなっちまうと思う」
「そう・・・なの・・・」
なんでもないことのように装わなければ。
ホムラの笑顔を曇らせてはならないのだ。
カエデはこわばった顔に無理やり笑顔を浮かべた。
「私は、ここによくいるから、もし暇があったら
…また、来てね・・・ホムラ兄様」
自分の作った笑顔の仮面の奥に気づかせてはいけない。
でも、気づいてほしい。
矛盾した願い。
震えそうになる唇。
ホムラはカエデが大好きな、太陽のような明るい笑顔を浮かべた。
「おう!
また来るから待ってろよ!!」
…ホムラは気づかなかった。
気づいてはくれなかった。
仮面の奥に。
静かに目を閉じる。
このささやかな約束が果たされないことを、カエデはなんとなく感じていた。
でも、それでもいい。
自分はずっとここで待っているだろうから。
カエデは目を開けると、笑顔を浮かべた。
自分を偽り、ホムラを困らせないための仮面をまとう。
そう、このまま騙されていればいい。
それでいい。
大きくて温かい手が頭をわしわしとなでた。
その撫で方にすらギリリと胸がうずく。
そんな心にふたをする。
この瞬間を忘れないようにするために。
自分の想いに気づかないようにするために。