コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.8 )
- 日時: 2014/04/05 14:01
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
*あなたと出会ったのは
偶然ではなく
必然だと
そう思えた。
あの日にすべてが変わった。
*その夜カエデはまた湖の前にいた。
勝手に神社を抜け出してきたのだ。
水面に満月がゆらめきあたりに光を散らしていた。
森の中を照らすのは月光のみで、あたりは闇に包まれている。
空はどんよりとした雨雲に覆われ、ときどき月光をさえぎった。
カエデはほうっと息を吐き出した。
誰にも見つからないように細心の注意を払ってここまで来たので、
今でもまだ少し鼓動ははやく脈打っている。
神社のほうは静かだ。
今のところ、カエデが抜け出したことはまだ見つかってないらしい。
それにほっとすると同時に、少し寂しいとも感じた。
———ハルナ?
「・・・っ」
心の緊張が緩んだとたんに、今日何度も頭の中で
繰り返される言葉が聞こえた気がして、カエデはびくりと震えた。
———お前とハルナって似てるよなあ
ただハルナだけを想い、ハルナのことしか見ていないような表情。
カエデのことを見ているようで、見ていない優しい目。
穏やかな撫で方。
そのどれもが、カエデの心をえぐる。
カエデは顔を歪めた。
私を、ハルナではなくカエデという一人の人間を見てほしいなんて、望んではいけない。
胸が苦しくて痛い。
悲しい。
悲しい。
悲しい。
もっとそばにいたい。
いろんな表情を見たい。
ただ自分を見てほしい。
叶わない想い。
望んではいけないこと。
うずく胸を、強く手で押さえて、カエデは湖のほとりに座りこんだ。
月にすらこの情けない姿を見られている気がして、
カエデは髪結い紐をほどいて、その横顔を隠した。
このまま消えてしまいたかった。
この闇夜に溶けてしまいたかった。
そうできたらどんなにいいだろう。
でもそれは分家の巫女として許されることではない。
死することの自由すらすら分家にはないのだ。
不意に強く風が吹いた。
カエデの緩んだ指先から髪結い紐が滑りぬけて、風にもてあそばれ、湖の中心部に落ちた。
ゆらゆらと浅葱の線が水面の満月の上で揺れている。
カエデは少しふらつきながら立ち上がると、片足を湖の中に付けこんだ。
この湖がそんなに浅くないことを、カエデはよく知っている。
しかも、今は空も曇っており、月光すらなかなか届かない暗さ。
この状態で、湖に入るのは危険だ。
わかっているのに、カエデはさらに歩を進めた。
冷たい湖の水を吸って、袴が重く足にまとわりつく。
鋭くとがった小石が足の裏をつついた。
それにかまわず、カエデ何かに操られているかのように、一歩、また一歩湖の中に入っていく。
彼女の歩みに合わせて水面が細かく揺れるが、
鮮やかな浅葱色は月の中にとどまったままだ。
足首までだった水は、膝の高さになり、腰の高さになった。
頭が麻痺しているかのように、今自分が何をやっているのか、考えることを拒否する。
やがて、水が胸よりも高く波打ち始めた。
髪結い紐まであと少し。
カエデは義務のような責任のようなよくわからない衝動に動かされていた。
濡れた指先を持ち上げて、髪結い紐に触れようとする。
あと少し。