コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.10 )
- 日時: 2014/04/05 14:13
- 名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)
気づけば、いつのまにか勝手に口が動いていた。
「・・・似ている」
青年は顔を上げた。
「何がだ」
青年の瞳を凝視しているというのはわかっているのだが、その色はカエデの目を惹きつけて離さない。
カエデは、彼の瞳を見つめたまま言った。
「あなたの目の色。
私の目の色と似ているの
でも、あなたの方がきれいな目ね」
大きな霊力を扱ったり、扱う者の近くで暮らす者は、髪や瞳の色が薄くなる。
カエデの場合は、瞳は夜空のような藍色で、髪は濃い灰色である。
この青年の場合、髪は夜闇の黒だが、瞳はうっすらと青の混じる、紺のような色だ。
そこに嫉妬や羨望という陰りは見えない。
すんだ瞳だった。
「……」
青年はしばらくカエデの瞳を見つめると、
スッと目を細めた。
「おれは、おまえの方が美しいと思う」
なんだか、自分自身を直接的に褒められたような気持ちになって、カエデはわずかに赤くなった。
瞳の色を褒められただけなのに。
だが、青年の瞳を見て、頭の奥がスッと冷えた。
なにか大きなものが動く、そんな気がする。
「美しいのは、この世の理(ことわり)を知り、
秘め事を奥に隠すならなおのこと」
青く鋭い視線がカエデを射た。
「おまえ、その瞳の奥に、何を隠す?」
目が大きく見開かれた。
指先がわずかに震える。
言い訳も一切できないほどあばかれた。
ホムラでさえ気づかなかったものに、この青年は気づいた。
カエデの奥で渦巻く感情を。
カエデは青年の視線から逃れるように目をそらした。
「・・・言いたくない」
言ってはならないものでもある。
「そうか。
…まあいい。
そのうち言いたくなったら言えばいい」
それ以上聞いてこようとはしないことにほっとしたが、言い方がどこかひっかかる。
彼の言葉をそのまま受け取ると、この先長い間、カエデと共にいるという風に聞こえる。
いや、気のせいかもしれない。
きっと、この青年は雨が止んだらどこかに行ってしまうのだろう。
今は、雨宿りをしているからカエデと一緒にいるだけで…。
変な考えを払いのけるように、カエデは強く首を振った。
その時、急にあたりが明るくなった。
続いて、地響きとともにすさまじい音が鳴り響いた。
「ひっ」
「雷か・・・」
全身をこわばらせたカエデとは対照的に男は涼しい顔で外を見ている。
「雨、激しくなりそうだな…。
長く降るぞこれは」
やけに嬉しそうな青年の言っていることなど耳に入らなかった。
手が震えるのをおさえられない。
再び周りが明るくなり、耳をつんざくような音が襲いかかる。
我慢の限界だった。
カエデは目の前にあるもの———青年の腕に全力でしがみついた。
「おい?」
「聞こえない聞こえない聞こえない。
雷なんて聞こえない聞こえない」
呪いのようにぶつぶつ呟きながら爪が食い込むほど手
にさらに力を込めた。
青年はガタガタ震えながらガッチリしがみついてくる
少女を見下ろした。
「お前・・・雷が怖いのか」
震える肩がぴくっと揺れた。
「こここここここ怖くなんて!」
ピカッゴロゴロゴロゴロッ
「ひいいいいいいいいっっ!!」
一度手を放しかけたが、再びたくましいそれにしがみつくより他はなかった。
青年はしばらく自らの腕に抱きついて離れない少女を見つめた。
やがて、おもむろに手を持ち上げると、ぐいっとカエデを引っ張った。
体勢を崩して、倒れこんだのは青年の腕の中。
「な、なにする———」
「案ずるな。
寒くてたまらなくて震えているお前を、温めてやるだけだ。
…それとも雷が———」
「こここ怖くなんてないんだから!」
そう言いながらも、カエデの震える手は青年の衣をしっかりと握りしめている。
彼は、あぐらをかくと、組んだ足の上にちょこんとカエデをのせた。
心臓がありえないほどの速さで脈打っている。
雷のせいなのか、それとも———
彼の腕が背にまわり、カエデをさらに引き寄せた。
そのまま頬を彼のかたい胸板に押し付けることになる。
規則正しい音がそこから温もりと共に聞こえた。
「私ね・・・小さいとき、雷の鳴っている夜に、
・・・さらわれたことがあるの・・・」
気づけばぽつぽつと話し出していた。
その確かな鼓動に安心したのかもしれない。
「・・・知っている人が誰もいなくて・・・
・・・男の人たちが怖くて
ひとりぼっちで・・・」
もちろん、すぐに燈沙門の者達がカエデを救い出してくれた。
そして、自分が姉、ハルナの身代わりとしてさらわれたのだと知ったのは、少し後になってからのことだ。
誰もカエデに謝罪や、ねぎらいの言葉をかけなかった。
カエデが身代わりとなることは当然だと、誰もが思っていたからだ。
それを悲しいだなんて思ってはいけない。
「・・・あのときのことのせいで、まだ・・・」
カエデは聞き取れないほどの小さな声でつぶやいた。
「……まだ…怖いの…」
その場に雨が地面をたたく音のみが響く。
やがて、青年は彼女を抱く腕の力を強くした。
「今は一人ではない。
おれが共に在(あ)る。
お前をすべての災いから守ろう。
だから、今は眠るといい」
優しい手が髪を撫でた。
温かい。
ゆっくりとまぶたが重くなる。
この腕の中にいると安心する。
守られていると実感できる。
「おれの名は、ヒタギ。
覚えておくといい」
「・・・ヒタギ」
聞いたことのある響きにカエデはわずかに眉をひそめた。
だが、思い出す前に闇が頭の中を塗りつぶしていく。
カエデは体の力を抜いて、ヒタギという青年の体に身を預けた。
「・・・おやすみなさい・・・ヒタギ」
一瞬の沈黙の後、ヒタギも静かにこたえた。
「ああ、おやすみ。
・・・影水月の巫女姫」
その穏やかな声に誘われるように、眠りにおちる寸前、カエデはつぶやいた。
「私は姫なんかじゃないわ・・・・・・カエデよ」
その小さな声は、彼に届いたかどうか。