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Re: 浅葱の夢見し ( No.12 )
日時: 2013/03/31 21:55
名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)

*私は耐えられなかった。



苦しくて


 言い訳をして


 どうでもいい理屈を作って


 逃げたの


 すべてから






 あなたから






*やはり、めまいがする。
 
それに、あたりはすでに夜の闇に包まれようとしていて、
 
前があまり見えない。

 廊下をふらふらと歩きながら、カエデはそう思っ
た。

 少し後悔し始めた時、彼女の耳は、父の声をとらえ
た。

 庭の方からだ。

 カエデはあまり力の入らない足を速めて、庭の方へ
と急いだ。

 何か緊迫したものを感じ取ったからだ。

 聞こえるのは、父の声だけではない。

 もっと若い男性の声も聞こえる。

 (来客・・・?)

 いや、客人を庭でもてなしたりなどあまりない。

 (じゃあ・・・敵・・・!)

 走り出そう押した時、

 「断るっ!!」

 父の怒鳴り声が聞こえて、カエデの足は止まってし
まった。

 普段は寡黙な父の、声を荒げたところなど

 見たことも聞いたこともなかった。

 おそるおそる廊下の角から頭だけを出して庭を見る
と、

 そこには向かい合って立つ、二つの影があった。

こちらに背を向けているのは父だ。

つまり反対側に立っているのが、招かれざる来訪者
だ。

月を背にして立っているため、顔がよく見えない。

身長や声の低さからやはり男性なのだとわかる。

男はさらに二言三言話すと、用は済んだとばかりに

くるりと背を向けると、

闇に溶け込むようにして消えた。

その方向を硬い表情で見ている父の背に静かに声をか
けた。

「父上」

彼は素早く振り返った。

そして、相手がカエデだとわかると、わずかに表情を
ゆるめた。

「ああ、カエデか。

 体の方は、大事ないか」

「はい。

 三日も伏せ、申し訳ございませんでした。

 明日より、稽古を始めますので、お許しください」

謝罪の礼をすると、カエデはスッと顔をあげた。

「・・・先程の者は」

父の顔が、再び厳しいものへと変わった。

「・・・他国の神社の者だ」

そう言うと、彼は口を閉ざした。

それ以上は言いたくないと、そう思っているのがはっ
きりわかる。

だが、聞かなくてはならない。

「・・・何を、話されていたんですか」

影水月に関係のある話、つまり自分に関係のある話か
もしれない。

聞かなくてはならない。

父は、しばらく黙っていたが、一つ息を吐くと、

苦々しげに言葉をはきだした。

「・・・影水月の巫女をもらうと、宣告された」

「なっ・・・!?」

影水月の巫女をもらう。

ということは、本家の巫女、ハルナを奪うということ
か。

「私は、断った。

 だが奴は、貴殿の意志は関係ない。

 次の満月の夜に受け取りに来るとだけ言った」

握りしめた手が、震える。

受け取りに来る、だなんてハルナのことを物扱いする
だなんて。

「その、その者が属する神社は・・・?」

父の灰色の瞳に様々なものが宿り、すぐに消えた。

「・・・四鬼ノ宮神社」

カエデは息をのんだ。

天皇の権力をも凌ぐ、今最も勢力の強い神社。

その名を知らぬ者などいないほどだ。

非常に強い術を使える宮司がそろい、

またほとんどの者が武芸に秀でており、その中でも

特に優秀なものを集めて、神社を守護する忍の集団ま
で作っているらしい。

祈祷や術に秀でた影水月とは違う、武闘派の一族。

そのようなものを相手に、武力で勝利するのは、不可
能に近い。

術を用いて対抗しても、多くの者が傷つくだろう。

かといって、影水月を支える柱であるハルナを、失う
わけにはいかない。

———絶望的だ。

唇をかみしめた時、閃光のように一つの考えが頭の中
を、かけめぐった。

「父上」

まっすぐに父を見る。

迷いはない。

「私を、使ってください」

父は何も言わない。

ただ黙って、カエデを見ている。

「私は姉上と少し容姿が似ておりますし、

 姉上には劣りますが、霊力もあります。

 四鬼ノ宮に、私が姉上だと押し付けてください。

 きっと彼らは、わからないでしょう」

父は何も言わない。

驚いてもいない。

胸の底に薄く寂しさが広がる。

父は、先ほどの四鬼ノ宮の男の話を聞いた時から、

カエデと同じことを考えていたのだ。

本人を前にして、言い出しずらかったのだろう。

だが、カエデはそのために生まれたのだ。

ハルナの影として、身代わりになるために。

「・・・よいのか」

口調は問うているが、カエデに否と言うことを許して
いない。

「はい」

これでハルナを守れる。

これでハルナをもう見なくてすむ。

ホムラを見なくてすむ。

幸せな二人を見なくてすむ。

———私は逃げるのだ。

「このことは、ハルナにはその時が来るまで、伝え
ぬ。

 今後の祈祷や舞に支障が出るやもしれぬからな」

「承知いたしました」

頭を下げたカエデに父の声が降る。

「話はまた後日しよう。

 今宵は体を休めるがよい」

「はい」

衣擦れの音がして、父が去っていく気配がする。

カエデは目を閉じた。

ひと月後、自分はハルナの身代わりとして連れ去られ
る。

それは、四鬼ノ宮の奴隷巫女となることを意味する。

霊力をしぼりとられて、限界まで働かされた後、

———殺されるのだ。

「楓」

足を止めた父の声に力が宿った。

「言霊は、影水月本家を守るときのみ使うのだ。

 ・・・よいな」

「・・・存じております」

今度こそ父は歩き去って行った。

本家を守るとき以外、言霊は使ってはならない。

つまり、たとえ自らが死に直面しようとも、言霊で己
を守らず、

———死ね、ということだ。

言霊は分家の巫女のみが使える特別な力。

使えば、カエデがハルナではないと、露見してしまう
から。