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Re: 浅葱の夢見し ( No.13 )
日時: 2014/04/05 14:15
名前: いろはうた (ID: DYDcOtQz)

*そんな目で見ないで。


 そんな声で呼ばないで。


 心が揺れてしまう。



 勘違い、してしまう。





*「そんなの・・・おかしい、だろ。
  
 カエデ、やめろ」

「無理よ、ホムラ兄様。

 もう相手がいつ来てもおかしくない時間なの」


そう言ってカエデは力なくホムラに笑いかけた。

だが、彼はいつものように笑みを返さない。


「何か…何か別の方法があるはずだ。

 くそっ。

 なんで、ハルナを欲しがるんだよ・・・!」

「……」


ハルナのおかげでこの影水月神社はますます名を上げており、繁栄している。

四鬼ノ宮の方も、そろそろ影水月の存在を、疎ましく思い始めたのだろう。

だが、おおっぴらに影水月をつぶすと、体裁を保てないし、

評判も絶対落ちる。

だから、ハルナを譲ってもらうという形で、

影水月の力を衰えさせたいのだろう。

あれからひと月。

もうすぐカエデは連れて行かれる。


「他に方法はないの。

 わかるでしょう?」

「く・・・っそ・・・。

 今じゃなくて、もっと早くに言ってくれりゃ、

 おれがなんか別の方法を考えたのに・・・!」


顔を歪めるホムラに苦笑した。

だから、父と自分はこのことをホムラにも伝えなかったのだ。

彼は、カエデが連れ去られると知ったら、あらゆる方法を使って止める方法を考えただろう。

優しい人だから。

カエデはそれを誰よりも知っている。

そう、ホムラは優しすぎるのだ。

優しすぎるから、守れないものもある。

だから、彼の手からこぼれ落ちそうなハルナを守る。

守るのだ。

カエデは揺れ動くホムラの顔を見つめた。

いつもは、ハルナに向けられている瞳が、今はこんなにもカエデをおもって揺れている。

それだけで、十分だ。

それ以上のことなんて、望んではいけない。

下げかけた視線が突然大きく揺れた。

背に温かいものがあたっている。

額がホムラの胸に当たり、彼に軽い力で引き寄せられたのだと遅れて気づいた。


「いいか」


声がとても近い。


「おれは、お前がなんと言おうと、必ずお前を見つけ出して、迎えに行く。

 必ずだ」

唇は震えるだけで声は出なかった。

この人はうつけだ。

本当にうつけ。

おおうつけだ。

何を言っているの。

そんなことをしたら、影水月が姉が、あなたが——
—。

でも、思いは言葉にならない。

思っていけないのに。

ホムラの言葉を、うれしい、と。

「だから、少しの間待ってろ。

 おれが迎えに行くまで」

大きな手が髪をくしゃりとなでで、すぐに離れた。

ホムラは素早く身をひるがえすと、その場を離れてい
った。

広い背中が闇の中に消えていった後も、カエデは動か
なかった。

動けなかった。

震える吐息がわずかに開いた唇から洩れる。

何も、言えなかった。

自分のことなど忘れてほしいと。

姉と幸せになってくれと。

言わなければならなかったのに。

涙は出なかった。

後悔もしていない。

「カエデ様」

振り返れば、一人の宮司が静かに膝をついて、控えて
いた。

「時間でございます」

来た。

来てしまった。

己から望んだはずの時間が。

「わかりました。

 今、行きます」

もうすぐ、自分が自分でなくなる。

遥凪の名を背負うのだ。

カエデはゆっくりと月光が照らすその場を離れた。