コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.14 )
- 日時: 2013/03/31 22:07
- 名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)
*神よ
どうか
どうか
罰するなら
私だけにしてください
すべて私が
悪いのですから
*「私は、四鬼ノ宮の者達と話をしてくる。
お前は、しばしここで神に祈るがよい」
「承知いたしました」
カエデが正座をしたまま低く頭を下げると、衣擦れの
音とともに、父が歩き去っていく音がした。
あえて”最後に”と言わなかったのは、父なりの優し
さなのだろう。
カエデは静かに頭を上げた。
月光だけが、カエデのいるところを照らす。
何かがその光をとらえてはじいた。
カエデは一瞬目を細めると、そちらに向かった。
美しい抜身の刀だった。
その月の輝きを宿す刃は、三日月のような優美な弧を
えがいている。
彼女は、神棚にまつられているそれを、ためらいなく
手に取った。
手首に響く重みと、ひやりと冷たい感触。
鋭く磨き抜かれた刀身は、きらめきながら鏡のよう
に、
カエデの藍の瞳を映した。
これは分家の大巫女のみが、舞の時に使える刀だ。
でも、ただの飾りではない、立派な銀刀だ。
———いずれは、自分が使うはずだった刀。
この刀と対になるのは、本家の大巫女のみが舞の時に
使える黄金の槍。
置いて、行きたくない。
強い願望に突き動かされて、カエデは刀を鞘におさめ
ると、少ない荷物に括り付けた。
分家の巫女だと、ばれてしまうのかもしれない。
それでも、カエデは証が欲しかった。
自分は、この刀と本家の槍のように、ハルナと対にな
る唯一無二の存在だということを示す証が。
カエデはしっかりとそれを括り付けると、再び神棚に
近づき、座って深く頭を下げた。
「わたくし、楓は、今この時より遥奈の名を偽り、騙
る(かたる)ことを、
お許しくださいませ。
・・・どうぞ姉上とホムラ兄様をお守りくださいま
せ。
カゲミツキノミコト様」
あと、あの二人の幸せを祈らなければならない。
冷え切った唇を動かそうとしたとき、
「遥奈様」
姉の名が呼ばれた。
彼女は口を閉じて、頭をあげた。
「時間でございます」
「わかった。
今、行く」
上に立つ者のみが許される言葉づかい。
二人の宮司が中に入ってきて、カエデの荷物を抱え
た。
ゆっくりと息を吸う。
そしてそれを吐くと、彼女はスッと右足を踏み出し
た。
流れるような動きで反対側の足も踏み出す。
本家の巫女に少しでも見えるように精一杯毅然として
歩いた。
静かに階段を下りる。
影水月のすべての宮司と巫女が頭を下げる中、彼女は
歩いた。
少し前までは、自分もあの中に混ざっていたのだと思
うと、
奇妙な感じがする。
その、最後尾にいる二人の男女の姿を、一瞬目の端に
とらえた後、
彼女はすいっと視線をそらした。
二人の幸せを、最後の最後まで祈れなかった罪悪感胸
をよぎる。
なるべくそちら側を見ないようにして、父の方へと歩
みを進める。
彼の目の前には、あの夜と同じ背の高い人影が向かい
合って立っていた。
やはり月を背にして立っているので、顔がよく見えな
かった。
カエデがその男の正面に立つと、父は数歩後退した。
よく見ると、男の後ろには、何人のも黒い影が闇に溶
け込むようにして
立っている。
気配を感じさせないたたずまいからおそらくかの有名
な
四鬼ノ宮の忍びの集団のうちの数名なのだろう。
本当に静かだ。
風の音も、虫の声も聞こえない。
あるのは己のみ。
「わたしが、影水月の大巫女。
この身を汝らに譲り渡す代わりに、皆の命を見逃し
てほしい」
己の声が闇に消えていく。
微かに、本当に微かにだが、彼女は目の前の男が笑っ
た気配を感じた。
彼女は小さく息を吐いた。
これでいい。
ゆっくりと足を動かして男に一歩近づく。