コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.15 )
- 日時: 2013/03/31 22:11
- 名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)
巫女装束の飾り鈴が軽やかな音をたてて揺れる。
その音に混じって足音が背後から聞こえた。
勝手に足が止まる。
小さかったそれはだんだん大きくなりこちらに近づい
てくる。
———まさか。
「まてえええええっ!!」
ずっと昔から共に在った声。
カエデはこらえきれずに後ろを振り返った。
月に照らされ駆けてくるのは、ハルナだった。
豊かな長い髪を風に乱されて走る彼女の姿はただひた
すら美しかった。
その鮮やかな嵐雲のような濃い青灰色の瞳は、闇の中
できらめいた。
一瞬で彼女はこちらにたどり着いた。
全力で走ってきたらしく、肩で息をしている。
「そ、その娘、ではない。
わらわこそが影水月の大巫女!」
一気にいろんな感情が押し寄せてきてカエデは何も言
えなくなった。
唇をつよくかんで、ハルナの足元を見つめる。
どうして自分の大切な人は、おおうつけばかりなのだ
ろうか。
自分には、姉にこうして追ってきてもらう価値などな
い。
ハルナの身代わりになって、ハルナを守るだなんて言
って、
言い訳をして逃げるだけなのに。
幸せな二人の姿から。
二人の幸せを心から願えない自分から。
どうあがいても彼女のようにはなれない自分から。
力を、使わなければならない。
じわりと左の頬が熱を帯びる。
自分の立場も、命もかえるみず、こんな妹を助けよう
とする
おおうつけの姉を守るための言ノ葉の力を。
カエデは下を向いたまま目を閉じた。
「連れ去るならわらわに・・・」
『———静止』
聞き取れないような小さな囁き。
だが、ハルナには届く。
顔を少し上げた。
彼女は、驚きの表情を浮かべたまま、動けなくなって
いた。
いや、カエデが動けなくしたのだ。
そして、ハルナも見ただろう。
カエデの左頬にうっすら光り浮かんでいる、御言葉使
い(みことば)の証である、
青い証印を。
カエデの鮮烈に青く輝く御言葉使いの瞳を。
目には見えない青き言霊がハルナの体をがんじがらめ
に縛っている。
カエデは口を閉じて姉を見つめた。
もし。
もし、自分が本家の者で、ハルナが分家の者だった
ら、
何か変わっていたのだろうか。
そう考えた自分をカエデは心の中で笑った。
今、自分はハルナなのだ。
「さがれ!
分家の者ごときが、私の誇り高き本家の血を名のる
でない!」
闇の中、自分の声だけがビインっと響いた。
そう。
これでいい。
これで、すべてうまくいく。
”ありがとう。
姉上。
・・・さよなら”
声に出さずに口だけ動かすと、ハルナの瞳が揺れた。
それ以上、姉の顔を見ないために、カエデは体の向き
くりと変えて、
忍びたちの方へと歩きだした。
これ以上は、自分の中にある必死で築きあげてきたも
のが、崩れてしまう。
顔を見られないようにうつむいて歩いた。
まだ、言霊の力は持続しているので、
頬の証印は残ったままなのだ。
これを見られたら、相手に確実にばれてしまうだろ
う。
自分が、分家の巫女であることが。
カエデは、ゆっくりと父と対峙していた、
男の正面に立った。
しめやかな香の匂いが鼻腔をくすぐる。
(・・・え?)
いつの間にか伸びてきた男の腕にカエデは抱えあげら
れていた。
横抱きにされて、危うくのどもとまで出かかった悲鳴
を、
かろうじて飲み込んだ。
この程度のことで動揺してはいけない。
男はしっかりとカエデを抱えなおすと、
あっさりと影水月の者達に背を向け、
鳥居に向けてすたすた歩き出した。
不安定な姿勢なので、大きな体の揺れに、思わず男に
しがみつくと、
彼は満足そうに耳元で笑った。
何がおかしいのだとくってかかりそうになったが、
なんとかこらえた。
もうすでに、人として扱われていない気がする。
実際に、荷物のように抱えあげられて、
自分の足で歩くことすらさせてくれない。
———カエデ。
誰かが自分の名前を呼んだ気がした。
だが、今はそれに応えてはならない。
カエデは静かに目を閉じた。