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Re: 浅葱の夢見し ( No.16 )
日時: 2013/05/12 20:31
名前: いろはうた (ID: a4Z8mItP)

*いつからか


 あなたに呼ばれることが


 怖くなっていた


 私があの人の代わりなのだと


 絶望的なほど、


思い知らされてしまうから。








*カエデはゆっくりとまぶたをあげた。

見慣れない造りの天井。

今まで触れたことがないほど柔らかく布が自分の体を
覆っているのを感じた。

そうだ。

今、おそらく、四鬼ノ宮神社にいるのだろう。

一気にすべてを思い出したカエデは、辺りを見渡そう
と首を動かしたが、

そこに鈍い痛みが走り、顔をしかめた。

そういえば、影水月から連れ去られてすぐに、首に衝
撃が走った。

そのまま意識が落ちたのだ。

おそらく、自分を抱えていたあの男に気絶させられた
のだろう。

移動中に逃げられたりしないためだろうか。

(そんなことをしなくても、私は逃げたりなどしな
い)

布を握りしめる手に、力がこもった。

もう、影水月に戻ることは、許されないのだ。

唇をかみしめて体を起こすと、自分がいる部屋を見渡
してみた。

「・・・」

声が出なかった。

今の自分の身分は実質的には奴隷巫女だろう。

もっと家畜同然の扱いを受けると思っていたのだが、

この部屋はどうしたものだろうか。

身を覆う柔らかな布は、カエデが影水月で使っていた
ものよりも、

ずっと上等だ。

部屋も派手ではないが、全体的に装飾が凝っていて、

神社の建物とは思えないほど雅なものだ。

いつの間にか着替えさせられている小袖ですら一目で
高級なものだとわかる。

おおよそ質素という言葉から、ほど遠いものばかり
だ。

奴隷巫女への扱いとは思えない。

一体どういうつもりなのだろうか。

今のうちに休ませて、後でこき使うつもりなのか。

それとも、一応影水月の巫女だからと遠慮しているの
か。

(意図がわからない・・・)

かすかに眉をひそめたその時、いきなりふすまが開い
た。

足音どころか気配すら感じ取れなかったカエデは、

ただただ呆然とふすまを声もかけずに開けた無礼者を
見つめた。

この世のものとは思えないほど美しく、すらりとした
若い男であった。

深く宵闇色の長髪を背中で一まとめにしてくくり、

いかにも高級そうな着物を、ひどく色気たっぷりに着
崩していた

それにしても、何なのだこの遊人風の無礼者の色男
は。

カエデはキッと男の顔を見上げて言葉を失った。

青い瞳だ。

どこまでも深い色をした瞳がカエデを見つめていた。

「起きていたのか。

 どうだ、どこか具合の悪い所はあるか」

この声。

この瞳。

忘れもしない、洞窟ででしばらくの間共に雨宿りをし
た青年。

名は確か———ヒタギ。

(なっ、ななななんでこの人がここに!?)

そこではっとカエデは気が付いた。

一度だけとはいえ、過去にこの男と会ってしまってい
る。

さらに、暗くてあまり見えないだろうが、顔も見られ
たはずだ。

これはかなりまずい。

自分がハルナではないと、ばれてしまう。

ばれたら、その時———すべてが終わる。

頭が真っ白になりかけたとき、ヒタギがこちらに腕を
伸ばしてきた。

(ま、まさかもうばれた!?)

この世のものとは思えない秀麗な顔が近づいてくる。

カエデはもう、何も見たくなくて、ただぎゅっと目を
閉じた。

背と後頭部にまわる大きな手の感触。

額に、硬くて温かな何かが当たる。

しめやかな香の匂いが鼻をかすめた。

「待ちわびたぞ」

(何を!?)

予想外の言葉に、思わず叫びそうになった。

「やっと・・・やっとお前を手に入れた」

熱を帯びた声が耳たぶをかすめ、カエデは目を見開い
た。

ヒタギの胸板に額を押し付けるようにして、彼に抱き
寄せられていた。

・・・なんなのだこの状況は。

「これでおまえは、おれのものだ。

 影水月の巫女姫よ」

なんだか状況がおかしい。

確か、奴隷巫女になったはずなのだが。

「おまえに会えないひと月は、一日が千日に感じられ
た。

 ・・・本当に、くるってしまいそうだった。

 おまえに会いたくて、この腕に抱きたくてな」

カエデの耳は、ヒタギの胸やけがしそうなほど甘い言
葉の数々を

右から左へ聞き流し、頭の中で一つの仮説を立ててい
た。

まず、ヒタギが眠ってしまったカエデを、布でぐるぐ
る巻きにした挙句、

影水月の神社に放り出す。

帰ろうとしたら、ハルナに会う。

ハルナのあまりの美しさに、口説き落とそうとする。

姉の美しさからいえば、ヒタギの行為は仕方がないだ
ろうと、

カエデは心の中でうんうんとうなずいた。

だが、ホムラという素晴らしい婚約者がいるハルナ
は、

あっさりヒタギを袖にする。

ふられた腹いせに、権力にものをいわせて、

無理やりハルナをさらい、奴隷巫女にして自分のそば
に置こうとする。

だとしたら、つじつまが合う。

だが、そのことで違うことは、さらってきたのはハル
ナではなく、

カエデだということだ。

今のところ、ヒタギがそのことに気づいた様子はな
い。

おそらく彼がハルナと会ったときは、夜の闇のせいで

顔がはっきりとは見えなかったのだろう。