コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.17 )
- 日時: 2013/03/31 22:16
- 名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)
*だとしたら。
ヒタギは、何事か言うと、カエデの顎に長い指で触れた。
おそらくまた甘い言葉を吐いたのだろうが、それが全
く聞こえないほど、
怒りのような呆れのようなもので満たされていた。
(なんという傲慢で、自分勝手で、器の小さい男な
の!!)
ハルナには、ホムラがいたのにこの男は、二人の幸せ
を邪魔しようとしたのだ。
顎を持ち上げられて目を合わせてきたので、思いっき
り彼の瞳をにらみつけてやった。
「どうした」
「・・・あなたがどういう人か、良く理解できただ
け」
「ようやくしゃべったな」
「・・・・・・はい?」
彼の薄い唇が嬉しそうに言葉を紡いでいく。
「今日、初めてお前の声を聞けた」
・・・だからなんなのだ。
なぜか激しい脱力感に襲われて、カエデはため息をつ
いた。
とんでもない所に来てしまったようだ。
とてもじゃないが、ハルナをここに来させるなんてで
きない。
やはり、自分が代わりに来てよかった。
「そういえば」
カエデは、もう一度彼の瞳を見つめ、至近距離で高飛
車に言い放った。
「あなたは、まだ私に名乗っていないわ。
名乗ってよ」
「あの時、言わなかったか?」
彼はその整った片眉をくいっと上げた。
くっと唇をかみしめる。
なんという男だ。
なんで仕草の一つ一つがこんなにも絵になるのだ。
ものすごく悔しいが、見とれてしまう。
「改めて言うが、おれの名は、氷滾という。
氷が滾ると書いて、ヒタギだ。
この四鬼ノ宮の次男で———」
この麗しい顔に一発蹴りでもいれたら、この理不尽な
怒りも
少しは収まるだろうか。
「・・・おい」
男のくせに、そこらの美女が裸足で逃げ出すような美
貌なんて
ありえないと思うのだが、目の前に実物があると反論
の仕様がない。
「・・・・・・おい」
濃密な気配が近い。
鼻腔をくすぐる香の匂い。
「・・・おれの話を聞いているのか、巫女姫」
青い瞳が不機嫌そうにカエデを映す。
カエデはあわててその場を飛びのいた。
「きっ、聞いてなかった。
・・・ごめんなさい」
何故だろう。
ヒタギの近くにいると安心する。
だが、それと同時になぜか身の危険も感じるのだ。
「・・・もう一度言うぞ。
おれはヒタギ。
四鬼ノ宮の次男だ」
じなん。
・・・じなん。
・・・・・・次男?
「っええええ!?」
「・・・黙り込んだと思えば、さえずるか」
ぼそりと言ったヒタギの言葉など耳に入らなかった。
次男ということは、四鬼ノ宮の第二継承権を持ってい
るのだ。
おそらく、彼には兄か姉かがいるのだろう。
カエデにハルナがいるように。
(この人も、私と同じ・・・)
きっと、大切な人のために生きているのだ。
カエデは、少しヒタギに親近感を持った。
「さて」
ヒタギは立ち上がるとわしわしとカエデの頭を撫で
た。
しばらくすると、名残惜しそうにそろりと大きな手が
離れる。
「これから、お前を兄上に会わせなくてはならない。
・・・支度を」
ヒタギには兄がいるのか、と思っていたら、
ぞろぞろと廊下から数人の女官たちが部屋に入ってき
た。
いつの間に外で控えていていたのだろうか。
ヒタギに振りまわされすぎて、全く気付けなかった。
青くなったカエデの周りに、彼女たちは静かに控え
た。
「しばらくしたら、迎えに来る。
おまえがどれほど美しくなるか楽しみだな」
そう言って、唇の端をつり上げると、すたすたとヒタ
ギは部屋を出て行った。
その場にカエデと美しい女官たちが取り残される。
「・・・ひめさま」
「はい?」
そのうちの一人に返事をしてしまった後に、カエデは
さらに青くなった。
影水月ではいつもそう呼ばれていたから、つい返事を
してしまった。
今は、奴隷巫女なのに大丈夫だろうか。
だが、女官たちの顔には怪訝そうな表情は浮かんでい
ない。
今のはカエデの呼称のようだ。
「面会の準備をさせていただきます。
・・・こちらへ」
「よかった・・・って、はわわ!」
安堵のため息をついていたところ、やんわりと、だが
有無を言わせない力で、
カエデは部屋の奥に引きずられるように連れて行かれた。