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Re: 浅葱の夢見し ( No.213 )
日時: 2013/05/12 11:30
名前: いろはうた (ID: a4Z8mItP)

*「そなたこそ、このような場で何をしておる。

 かわいい寝顔が見れると思うておったのに」

「……」

乙女が眠っている部屋に入ろうとしていたのかこの男は。

…添い寝をしてくるヒタギよりはましだが。

かわいい、だとかいう単語はあえて聞き流す。

「…眠れなかったので」

ヒタギのことが今更のようにやけに気になり、眠れなかったのは事実だ。

少し腹が立つしいことに。

それを聞いてシキはまた笑った。

「眠れぬのに余計に目が冴えるようなことをするとは…まこと面白き巫女」

「うう…」

言われてみれば、確かにそうだ。

顔をひきつらせたカエデの頬をシキの親指がすうっと撫でた。

その愛しいものを撫でるかのような動きに、心がざわつく。

何故彼はこのような———熱い視線をまっすぐに向けてくるのだろう。

わからない。

わかってはいけない気がする。

「…欲しいな」

唐突にシキがつぶやいた。

感情がむきだしになった声。

意味が分からずその瞳をのぞきこむ。

「おれと共に来るか?」

ひそやかな問い。

カエデは一瞬動きを止めたが、ゆるやかに首を横に振った。

「…いけません」

行けないし、いけない。

シキは獣のように目を細めた。

「何か心を囚われているのか」

カエデは何も言えず、ただうつむいた。

「…まあ、よい」

耳元でしゃらっと髪が揺れる。

頬に感じるひやりとした手。

長い指が顎に触れ、くいっと持ち上げた。

宝石のように美しい瞳はただカエデのみを映しだしていた。

夢のように穏やかで美しい。

「…そなたは、なんと美しいのだろうな」

シキの言葉はただひたすら静かだった。

かみしめるように言葉が紡がれていく。

「悲しみと秘密をひめる瞳が、かほどなまでに美しいとはな」

髪をくぐっていた指が今度はまぶたを優しくなでた。

とたんにまぶたが重くなり体から力が抜ける。

術をかけられたのだと気付いたが、体がいうことをきかない。

去るつもりなのだとわかった。

ぐらつく体をシキに支え抱き上げられたのを感じた。

途切れそうになる意識の中、シキの声がどこまでも甘く囁いた。




「奪うしか欲するものを手に入れられぬとは、いとわしき己の身。

 悲しきこと。

 だが、必ず手に入れてみせる。

 …奪ってみせる」




意識は闇に落ちた。