コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.24 )
- 日時: 2013/03/31 22:21
- 名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)
*「よくぞ参った。
影水月の巫女よ」
カエデは頭を低く下げた状態でその言葉を聞いた。
春のような柔らかな声だ。
「面(おもて)を上げよ、巫女姫」
カエデは、言われるままにすうっと顔をあげた。
緑を帯びた青い瞳と目が合う。
白に近い印象的な色素の薄い髪がさらりと揺れた。
(この方が、ヒタギの・・・兄上様・・・?)
全然似ていない。
何よりも異なるのは、その雰囲気だ。
たとえるなら、水と風。
水のように静かで、深く鋭いヒタギと、春風のように
柔らかく、ゆるやかな兄。
ただ柔らかいのではない。
芯のとおった柳のような人だとカエデは思った。
しなやかに曲がり、折れたりしない。
ハルナとは対照的だ。
ハルナは、杉のようにまっすぐだ。
力をこめればたやすく折れる。。
それを支える根として、影として、カエデは今、ここ
にいる。
青緑の瞳が、カエデを映して微笑んだ。
「なるほど。
うわさ通りの美姫ではないか。
どうりでお前がここひと月、
ヒタギが妙にそわそわしていたわけだ」
「ええ。
楽しみで楽しみで夜も満足に眠れませんでした」
真顔で即答したヒタギに、上座に座る彼は小さく笑っ
た。
「それほどまでに、お前が一つのことに執着するとは
な」
「永遠にそうでありましょう」
「ははっ。
ヒタギをこんなにするとは、たいした巫女姫だ」
ひとしきり笑うと、彼は不思議な色をした瞳をカエデに向けた。
「私の名は、緋蓮。
四鬼ノ宮を統べる者だ。
そして、そなたのとなりにいるわが弟は、
四鬼ノ宮の忍びの頭目として私を支えてもらってい
る」
「と、っと、うもく!?」
「おや、知らなかったのか?」
意外そうにヒレンは首を傾けた。
触り心地のよさそうな髪が、それに合わせてさらりと
揺れる。
知らなかった。
忍びの頭目ということは、相当の運動神経の持ち主な
のだろう。
確かに、気配を感じさせない足運びといい、しなやか
な動きといい、
忍びといわれても全く違和感がない。
「言っていなかったのか?」
「申し訳ありません。
彼女の意識が戻ってすぐに、兄上との面会の準備を
させたので、
話す機会がありませんでした」
(う、うそつきっ!)
あれだけさんざんカエデをからかう時間があったの
に、
肝心なことはなにも教えてくれない。
「ほう。
さては、巫女姫に夢中になって、必要なことは何も
話していないのだな」
「簡単言えば、そういうことです」
(そういうことなの!?)
ヒレンがからかうようにたずねると、ヒタギが生真面
目に答える。
その隣でカエデは青くなった。
その様子を見て、ますます楽しそうにヒレンが笑う。
「女泣かせのヒタギをこんな風にするとは、本当にた
いした巫女姫だ。
ぜひとも、一度ゆっくり話をしてみたい。
どうだ。
今宵、夕餉(ゆうげ)を共に———」
「兄上」
ぴしりっとヒタギが言葉を発した。
「彼女にはいろいろと話したいことがあります。
ご拝顔もすみましたし、今宵はさがらせていただき
ます」
静かだが有無を言わせない響きに、またヒレンが笑っ
た。
「そんなに、私と巫女姫が共に食事をするのがいや
か。
・・・まあいい。
食事は次の機会にしようか。
・・・とはいえ、その機会はこの調子だと、永久に
来ない気もしなくはないが・・・」
「当然です。
そのような機会、おれが残らずつぶしてさしあげま
す」
「ははっ、怖いものだ」
そう言って笑うと、ヒレンはさっと右手を振った。
「もうよい。
今宵は下がれ。
ゆっくりと体を休めるがいい」
「はっ。
では、これにて」
軽く頭を下げると、ヒタギは立ち上がってカエデの手
首をひっつかみ、
彼女を引きずるようにして、すたすたと部屋を後にし
た。
ヒタギがかなりの速足で歩くので、あっというまに温
かな光があふれる
ヒレンの部屋から離れていった。