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コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.253 )
- 日時: 2013/06/14 23:58
- 名前: いろはうた (ID: VHEhwa99)
*もう一度彼の名前を呼ぼうとして、やめた。
鮮やかな手つきで抜刀し、現れたいくつかの人影に向かって彼は目にもとまらぬ速さで切り付けている。
カエデはうまく力の入らない手を弱々しく握りしめた。
きっとこのままいても、レイヤの足手まといにしかならないだろう。
ようやくそのことを受け入れたカエデはたどたどしく足をつり橋にのせた。
情けないくらい足が震える。
つり橋から落ちるかもしれないのが怖かった。
レイヤが負けてしまうかもしれないのが怖かった。
…命が失われてしまうのが怖かった。
ひときわ風が強く吹き付ける。
カエデはぎゅっと目を閉じてそれをやりすごそうとした。
ひゅっと。
よろよろと進む彼女の耳は風をきるような鋭い音をとらえた。
ぞくりと肌があわだつ。
とっさに低く身をかがめると頭上を見えざる斬撃が飛んで行ったのを感じた。
先ほどの風術による攻撃。
そして、少し先の崖にある地面とつり橋をつなぐ杭を、それが破壊したのを見た。
何が起こったのかすぐにはわからなかった。
やけにゆっくり体が傾く。
激しい風に長い髪が舞広がり、夕日をあびて金と銀のまだらに輝いた。
少しずつ、つりばしは崩れていくのを視界の端にとらえた。
西に沈みかけている、鮮烈な陽光に目を細める。
ああ。
私はおちるのか。
ああ。
私は死ぬのか。
どこか他人事のように思った。
かろうじて地面に引っかかっていた太い縄がずるりと動き始める。
片足がついにつり橋の板から離れた。
———最後に
奇妙な浮遊感が全身を包む。
時が止まったかのような錯覚。
———最後にもう一度だけ
カエデはゆっくりとまばたきをして、己の心を静かに見つめた。
———もう一度でいいからあの人に
会いたかった。
今更出た本音。
カエデは自分をわらった。
だが次の瞬間、ありえないものを見てその目は大きく見開かれた。
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