コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.254 )
- 日時: 2013/06/15 11:22
- 名前: いろはうた (ID: VHEhwa99)
*その男は四鬼ノ宮へと続く森の中から駆け出で、一切のためらいも見せずに力強く崖を蹴った。
まっすぐに、落ちかけているカエデのもとに彼は向かう。
さらにとんできたいくつかの風術の刃のひとつが、彼の首筋あたりでそのつややかな髪を束ねている
留め具をかすり、壊した。
宙に漆黒の羽のように、切られた髪がぱっと散った。
その青い瞳は一途なまでにカエデしか映していない。
「ひ、たぎ……?」
何故、彼がここにいるのか。
何故、こんな自ら命を捨てるようなことをするのか。
何故…何故…何故。
「手を伸ばせ!!」
みたことがないほど必死さで彼は叫んだ。
空中でカエデはおそるおそる右手を伸ばした。
周囲の景色がどんどん速度を上げて上に上がっていく。
だけど彼は、彼だけは変わらずに手を伸ばしてくる。
指先が一瞬触れ、かすめ、次の瞬間大きくて温かい手に手首を強くつかまれ
ぐいっと引っ張られた。
重力に逆らって体が少しだけふわっと浮いた後、もう彼の腕の中にいた。
たくましい腕は少しだけ震えていた。
強く強くかき抱いてくれる腕に何故か涙が出そうになる。
びゅおおおおっとすさまじい風が吹き付けてくる。
どんどん川の水面が近くなってくるのがわかった。
だというのに、全く恐怖を感じていなかった。
カエデはとても穏やかな気持ちで目を閉じた。
———ああ、そうか。
——————私は、あの時…
激しい水しぶきを上げて二人は川に落ちた。
体が深く水の中に沈んだ後、ゆっくりと浮かび上がってくる。
さらに逆らえない強い力で押し流されていく。
———私はあの時レイヤにじゃなくて…
滝がどんどん近づいてくる。
抱きしめてくれる腕にさらに力がこもる。
水面からなんとか顔を出して深く息を吸った。
空は紫と橙(だいだい)に染まっていた。
「おれから、決して離れるな」
———この人に、見つけてほしかったのだ。
——————この人に会いたかったのだ。
目を閉じた。
頬を水滴が伝う。
それが涙なのか川の水なのか、カエデにはわからなかった。
耳元でごうごうと激しい水音が鳴り響く。
カエデはどこまでも穏やかな気持ちで、一瞬ヒタギと共に宙に浮かんだ。
すぐに襲い掛かる奇妙な浮遊感と、上からの押しつぶされそうな水量。
抱きしめてくれる腕にさらに力がこもる。
満ち足りた気持ちの中、カエデは意識を手放した。