コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.317 )
- 日時: 2013/07/09 22:53
- 名前: いろはうた (ID: VHEhwa99)
*「…私、ヒタギが、私を助けるために崖から落ちてきて、私に手を伸ばしてくれた時、
すごくうれしいって、思っちゃったの…」
「……」
「…ひどい女でしょ。
本当なら、だめだ、とか、危ないからやめて、って思わなくちゃいけないのに…
すごくすごく…嬉しかったの」
ヒタギはしばらくの間何も言わなかった。
ただ、さらにきつく抱きしめてくれた。
カエデは泣きそうになった。
こんな風に優しく触れたり、抱きしめてほしくなどない。
これらがすべて、自分へのものだと錯覚してしまいそうになるから。
ヒタギが少しでも自分に好意を持っているのではないかと
勘違いしてしまいそうになるから。
この人のすべては、本当は姉のハルナへのものだと、
誰よりも自分がよくわかっているはずなのに。
「巫女姫」
「な…」
名前で呼んで。
カエデって、呼んでよ。
そういう言葉が出そうになって、あわてて口を閉じる。
今の自分は何かおかしい。
いったいどうしたんだろう。
「巫女姫」
深い想いを込めた響き。
目の端に涙がにじんだ。
それが涙だと気付くのに少し時間がかかった。
「な、なに?」
「おまえが、無事で…よかった」
一瞬息が止まる。
目の端ににじんだものが、ついに頬を滑った。
心からの安堵がこもった本来は姉に向けられていたはずの言葉を聞くことが
これほどまでにつらいと思わなかった。
「…わ、私も、ヒタギに何もなくてよかった。
ずっと、四鬼ノ宮で待っていたのに、なかなか帰ってこないから…」
「おれが、心配だったのか」
この人は敵だ。
影水月に仇(あだ)なす者。
大切な姉を、ホムラと自分から奪おうとした人。
だから、だから———
だけど、だけど——————
「…心配したよ。
すごく」
夜も眠れないほど、不安で、怖かった。
その理由にはまだ気づいてはいけない気がする。
カエデは必死に自分の心にふたをした。
抱きしめてくれる手にそっと手を当てて、少しだけ指を絡めてみた。
すぐに温かくて長い指が深く絡み、握り返してきた。
ややあって、そうか、とだけヒタギは言った。
その声はどこまでも穏やかで、優しくて、カエデの頬に新しい涙が伝う。
ずっと、あの人の代わりをしていよう。
——————いつか、私の心が壊れるまで