コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.35 )
- 日時: 2013/03/31 22:25
- 名前: いろはうた (ID: vpptpcF/)
*「くだらないな」
ヒタギがつまらなそうに言った。
カエデは眉根を寄せた。
人がうじうじと悩んでいたことを、そのように言わな
くてもよいのではないか。
つまらなそうに下を向いていた青い瞳が、まっすぐに
カエデを見た。
「どう願おうとも、他にはなれない。
己の色ではない衣で飾り立てても、風情などありは
しない。
・・・違うか?」
「・・・っ」
そんなこと、言われなくてもわかっている。
それでも、あの人になれたら、と思わずにはいられな
いのだ。
———あの人に。
何も言わないカエデに向かってヒタギはそれに、と続
けた。
「おれは、そのままのおまえを好いている。
変わらなくていい。
他の誰かになる必要もない。
そのままの、おまえでいろ」
「っぶほっ」
さらりと言われた愛の告白に、カエデは口にしてい汁
物を吹きそうになった。
げほげほとむせこむカエデとは対照的に、ヒタギは涼
しい顔で
おひたしを口にしている。
よくもまあ、歯だけでなく体ごと浮いてしまいそうな
言葉を
口にして平気でいられるものだ。
だが、真に受けてはいけない。
この言葉は、ハルナのもの。
自分に向けられたものではない。
今は、彼女の代わりに受け取っているだけ。
誰もが光り輝くハルナを好きになる。
誰も影であるカエデのことなど見ない。
当然のことだ。
———だけどどうして、こんなにも悲しい気持ちにな
るのだろう。
「おい」
いつのまにか、ヒタギが食事を終えていた。
いつの間にそれほど時間が経っていたのだろう。
「うちの食事は口に合わないか」
「え・・・あ」
考え事をしていたら、箸も止まっていた。
「ううん!
とてもおいしい!」
無理に笑顔を浮かべると、煮物に手を伸ばそうとし
た。
だが、なぜか右手が動かない。
大きな手が、やんわりとカエデの手を包み込んでい
た。
そして、箸をもぎ取られた。
「かせ」
いつの間にかヒタギが隣にいた。
動きや気配を全く読めなかったことに衝撃を受け、反
応が遅れる。
「か、返して!」
「おまえがどうしても一人で食べられないようだか
ら、
おれが食べさせてやろう」
「ひっ、必要ないってば!
自分で———」
「おまえは———」
いつになく静かな水のような声が、カエデの言葉をさ
えぎった。