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Re: 浅葱の夢見し ( No.361 )
日時: 2013/07/22 23:42
名前: いろはうた (ID: VHEhwa99)

*「うわあっ」

目の前に広がる光景に、カエデは歓声を上げた。

つい数日前に来たときは舞のことで頭がいっぱいだったのであまり周囲を見ていなかった。

道にはずらりと色鮮やかな屋台が並び、広場では曲芸師が芸を披露している。

あちらこちらではじけるような歓声が上がり、にぎやかな笛の音が流れている。

花祭り、という名前のとおり、屋台の屋根などに華やかな花飾りが飾られ、

花の形をした石鹸や、おいしそうな匂いのする焼き菓子がたくさん売ってあった。

道行く人々は皆笑顔で、見ているカエデも嬉しくなった。

「いくぞ」

穏やかな水のような声がかかったかと思うと、当然のように腰にヒタギの腕が回り、

強く彼の体に引き寄せられた。

カエデが小さく悲鳴を上げるが、彼は全く気にしない。

そして、カエデの腰をしっかりと抱いたまま、ヒタギは何でもなさそうな顔で

前を向いて歩き始めた。



……一人で赤くなったり、どきどきしたりしてうつけみたいだ。



「ひ、人がずいぶんと多いのね。

 とてもにぎやかだし、皆楽しそうだし…わ、私このお祭り、好き」

顔のほてりをごまかすように、カエデはやや早口で言った。

「おれも好きだ」

静かな口調の中に深いものを感じて、カエデは顔を上げた。

「民が笑顔なのは、生活が安定していて幸せである証だ。

 生活が豊かだからこそ、神に感謝する祭りを行える。

 神社はその民の生活を守ってくださるよう、神に祈る場だ。

 …おれは、それらすべてを守りたい。

 だから、忍びになった」

穏やかな風が、ヒタギの黒髪を揺らした。

ヒタギが、ヒタギじゃないみたいだった。

他の、もっと大人の男性を見ているのような、不思議な錯覚に陥る。

この青い瞳は、四鬼ノ宮がただ、強く、繁栄するだけの未来ではなく、

大切な人が皆笑顔になる未来を、見すえていたのか。

心の中のなにかが、するりとほどけた気がした。

彼の青い瞳は、祭りを心から楽しむ民をまぶしげに映して嬉しそうに少し細められていた。

なぜか、それを見て、胸がぎゅうっと苦しくなった。