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Re: 浅葱の夢見し ( No.414 )
日時: 2013/09/07 00:35
名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)

*「結界か…。

  …小賢しいものを」

そう言うと、ヒタギはこちらに向かって歩き出した。

壊、される。

はっきりと確信した。

ヒタギにとって結界の一つや二つなど、どうにでもなるのだ。

このままでは———

(いやだ。

 見たくない!)

大切な人が傷つけあうなんて見たくない。

だから、カエデはホムラの前に回り込んで、正面からヒタギと向かい合った。

「……さがっていろ、巫女姫」

「おい!」

二人から同時に声がかかったがカエデは動こうとしなかった。

「…いや」

「さがれ、と言っている」

「いや、です」

ヒタギが焦れたように一歩近づくが、カエデはそこを離れない。

「私は、いやなの。

 ヒタギが誰かを傷つけているのを見たくない……!!」

ヒタギの動きが止まる。

その瞳がわずかに揺れている。

カエデはそれに背を向けると、小さくつぶやいた。

『静止』

「ぐっ…」

ホムラが顔を歪めて動かなくなった。

すっと顔を上げて、ホムラを見る。

その瞳は鮮烈な青に輝いていた。

彼女の滑らかな左頬には青き紋様が浮かび上がっている。

言霊を使ったのだ。

だがこれは、自分のために使っているのではない。

ハルナのためだ。

ホムラがいなくなったら、ハルナはどこかが確実に壊れる。

だから、いま、本家の巫女の心を守るために力ある言ノ葉を使うのだ。

ドンッと後ろから鈍い音が聞こえ、反射的に後ろを見そうになるのをこらえた。

でも見なくても分かる。

ヒタギが結界を殴るか蹴るかをして、壊そうとしているのだ。

振り返ってはいけない。

証が頬に浮かび上がっているから、自分が分家の巫女だとばれてしまう。

後ろを振り返る代わりにホムラの目を見た。

それはゆらゆらと灯のように揺れていた。

言霊を解こうと必死なのがありありとわかる。

だから、カエデは別れの挨拶の代わりに力ある言霊を口にする。

迷いは、なかった。

『転送』

カエデの小さなつぶやきにホムラは目を見開いた。

深く深く息を吸い込む。

口にするのは影水月の古き名。

『水面に映りし月の影あるところへ』

青い光があふれ出る。

もう二度と、会うことはないだろう。

あと、数刻ののち、カエデの言霊によって、ホムラは影水月に強制転送される。

ホムラは、父様によって見張りを付けられ、影水月から出ることを許されないだろう。

でも、それでいい。

こんなことで命を落とすより、ずっといい。

彼の瞳がハルナの時のように揺れているのが最後に見えた。



カエデは目を閉じ、息を一つ吸うと再び開いた。

光はおさまっていた。