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Re: 浅葱の夢見し ( No.423 )
日時: 2013/09/13 23:29
名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)

*「…あれが、おまえがその瞳の奥に隠す者か」

思いもよらぬ言葉に、カエデはヒタギの瞳を真正面から見てしまった。

奥では見たことがないほど、熱い火が揺れている。

その色を見て、すっ、と涙が目尻から滑り落ちた。

なぜ、この男は、自分の何もかもを悟ってしまうのだろう。

でも、この瞳の炎も、怒りも、言葉の全ても、『カエデ』に向けられたものではない。

それが、痛い。

痛くて、痛くて、涙が出る。

「何故、泣く。

 それほどまでに、おれがいとわしいか。

 おれから逃れたいか」

違う。

違う。

違うのに。

だけど、この痛みを、涙の理由を、決して伝えてはならない。

言えないことが、こんなにも苦しい。

ただ、涙が静かに頬を伝って滑り落ちる。

この痛みを、苦しみを、気づいてほしい。

気づかせてはいけない。


——————ねえ。私を見て。


「おれを見ろ!!」


長い指に顎をとられて、顔をそらすことが許されなくなる。

ヒタギの吐息が唇にかかった。

ヒタギが怖い。

カエデの知らないヒタギの部分が露わになっている。

「…おれの何が足りない。

 どこが不満だ。

 何故、おれを見ない。

 何故、おれから逃げようとする。

 …何が、どこが、あの男よりも劣っている……!?」

涙で視界がぼやけていく。

青しか見えない。

すべてを飲み込む、深い青。

狂おしい想いが伝わってくる色。

痛い。

悲しい。

苦しい。

こんなにも想っているのに、誰よりも想っているのに、

届かない。

「…そうか」

ヒタギの声の調子がわずかに変わった。

手首を掴む彼の手に痛いほど力がこもる。

「おまえは…どうあっても、おれのものにはならぬのか」

「い、たっ、…ひ…たぎ…」

一筋の色気と、痛みと、狂気を含んだまなざし。

それを見て、体に震えが走る。

「どうすれば、おれを見る?

 何をすれば、おれのものとなる?」

なぜ、そんな愛を乞うような目をするのだろう。

この心はとっくにヒタギのもの。

これ以上何がほしいのか。

そう思いかけたカエデの心に、墨のように一つの答えが落ちて、にじむように広がった。

ヒタギは『カエデ』がほしいのではない。

『ハルナ』がほしいのだ。

たとえ、外見は似ていても、その中身が違うから。

『ハルナ』のすべてを、ヒタギは手に入れたいのだ。

呼吸が一瞬止まる。

絶望的なほど、そのことを思い知らされる。

「…どうしようか。

 おまえを、このまま無理やりおれのものとしてしまおうか」

全部、全部、全部、『ハルナ』のもの。

『ハルナ』への言葉。

ヒタギが手首に口づけてきた。

その柔らかな湿った感触に、体によくわからない震えが走る。

これも、『ハルナ』への行為。

全部、全部、全部、『ハルナ』へのもの。

「や、めて…。

 やめてよ…ヒタギ…」

聞きたくない。

『ハルナ』への言葉なんか、聞きたくない。

「…それとも、屋敷の奥に閉じ込めて、おれにしか会えぬようにしようか。

 ああ……一生俺なしでは生きられぬ身にするのもいい…」



その狂おしい想いに、カエデの瞳の光が砕け散った。