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Re: 浅葱の夢見し ( No.456 )
日時: 2013/10/01 23:21
名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)

*(…でき…ない…!)

こわばっていたカエデの手から力が抜け、だらりとたれた。

カエデは己の弱さを笑った。

あれだけ姉を、影水月を守ると思っていたのに、いざこういう場面にあうと、

何もできない。

まだ、影水月のために人を殺せるほど精神(こころ)は強くなれていなかった。


「泣くな…カエデ」


言われて初めて、涙が頬を伝っていることに気付いた。

昨日さんざん泣いたからもう出ないと思っていたのに。

シキの指が、そっと涙をぬぐってくれる。

優しくしないでほしい。

今のカエデは不安定だ。

どちらにでも容易に傾く。


「おれは、そなたに泣いてほしいのではない。

 おれの隣で笑ってほしいだけだ」


その言葉を聞いて、また新しい涙がこぼれ落ちていく。

その言葉を、どれほどあの人に言ってもらえたらと願ったことか。

…この人の傍にいたら、彼のことを忘れられるだろうか。

もう、あんな想いをしなくてすむだろうか。

幸せに、なれるだろうか。

かたん、と心が大きく傾いた。


「…私があなた様と共に都に行けば、

 ……影水月と四鬼ノ宮には手を出さないでいただけますか・・・?」


それはもはや敗北宣言に等しい。

シキの顔に笑みが広がる。

純粋な喜びのみがそこにはある。


「ああ。

 約束しよう。

 おれはそなたの秘密は話さないし、影水月と四鬼ノ宮の両家に手を出さない。

 これでよいか」


物事を考えるにはカエデの心はあまりにつかれていた。

甘い蜜に誘われる蝶のように、カエデはゆるゆると首を縦に振った。


「…はい」


ああ。

また、逃げてしまった。

影水月を守るという言い訳をして、全てからにげるのだ。


———巫女さんは、ご自分の意志で、若頭さんのもと離れる


いつか言われた予言。

まさか、それが現実になるとは。

カエデは心の中で力なく己をわらった。


「では、参ろうぞ。

 わが屋敷へ」


心底嬉しそうなシキを見ると、鈍く胸が痛む。

自分の想いでもある彼の想いを裏切っているようで。

シキの袖で視界が覆われ、月が見えなくなった。