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Re: 浅葱の夢見し ( No.475 )
日時: 2013/10/31 13:52
名前: いろはうた (ID: .RHUYQMi)

*ゆらゆらと炎が揺れる。

薪に灯るそれをカエデは膝を抱えて見つめた。


「慣れて…いらっしゃるんですね…」


「そうか?」


わずか数秒で火をおこしてみせた皇子は不思議そうに言うと、カエデの隣に腰を下ろした。

なんとなく居心地が悪くて、カエデはもぞもぞと足の指を動かした。


「皇子、ゆえか」


「…え?」


「皇子ゆえに、あらゆることをこの身にたたきこまれた。

 火のおこし方から、礼儀作法まで。

 陰陽の術もそのうちの一つ。

 跡継ぎ争いで負けぬようにと。

 …カエデ」


不意にシキがこちらを向いた。

あたりは真っ暗だ。

火に照らされた紫の瞳が葡萄酒のようにきらめいて、幻のように闇の中で輝いている。


「そなたはわが身を、幸福だと思うか」


「……」


カエデはとっさに何も言えなかった。

何故かわからないけど、一瞬、シキが今にも泣きだしそうな顔をしているように見えた。

…そんなはずないのに。


「すべてを持っているようで…本当に欲しいものは何一つ手に入れられぬわが身を…

 幸せだと思うか」


「シキ…さま…」


「…おれはそうは思わぬ。

 だが、わがままを言えば他の者の迷惑になることなどわかりきっている。

 だから、大きなわがままは障害に一度きりと決めていた。

 それが———」


大きな手がカエデの頬に添えられた。


「今、この時だ」


「…シキ様。

 私、私は…」


「言うな。

 そなたの心が今どこにあるのかくらい、目を見ればわかる。

 案ずるな。

 そなたの心、すぐにこのおれが奪ってみせよう」


奪う、なんていう言葉とは反対に頬に触れる手は、壊れものに触れるかのように優しい。

なぜか、泣きたくなった。


「そなたがこのおれの心を、一瞬で奪ったようにな。

 ———カエデ。

 泣くなといったであろう」


骨っぽい指が、羽毛のように軽く、そっと目元の雫をぬぐう。

そこで、初めて自分が泣いていることに気付いた。

何もわからない。

何故、涙が止まらないのか。



どうして、こんなにも——————哀しいのか。