コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.480 )
- 日時: 2013/10/31 22:08
- 名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)
*カエデは何も言えなかった。
何も言葉を返せなかった。
やがて少しだけシキの体が離れた。
その代わりに、強い腕が腰を抱き、カエデの体をシキの膝の上にのせると、
もう片方の腕が彼女の後頭部に添えられた。
「カエデ。
…おれは……まこと、そなたが欲しい」
その言葉に、カエデは身をこわばらせた。
「だが、そなたの体だけが欲しいのではない。
…そなたの全てが欲しい。
カエデという娘の身も心も、全て、欲しい。
すべておれだけのものにしたい。
…だから、どうか」
心の一部を壊してしまったかのようなまなざしに、宿る切実な光。
「どうか、おれを、シキという一人の男を、
受け入れてはくれまいか」
もろくあやうい懇願に、唇が震えるだけで、声は出なかった。
ゆっくりと、シキの整った顔が近づいてくる。
カエデはさらに身をかたくさせ、ぎゅっとまぶたをとじた。
ふわり、と温かく柔らかいものが、ひどく優しく唇の端に触れた。
頬と唇の境界線。
羽毛が触れるような、花弁に触れるような、軽くて、柔らかくて、優しい感触。
思わずまぶたを開けると、信じられない程近くにあるシキの顔が、
静かに離れていくところだった。
遅れて、口づけられたのだと悟り、頬が火がついたように赤くなった後、一気に血の気が引いた。
「ししししシキ様っっ!!!!????」
「……くく。
何をかほどなまでに騒ぐ。
こんなもの、口づけの内には入るまいて。
今日はここまでにしてやるから」
カエデは意味もなく口を開閉した。
たしかに、唇の端に口づけられたので、頬に口づけられたような、
すごく微妙な位置だから、正式な口づけとはいえない……かもしれない。
「…だが、次はのがさぬ」
シキの唇につやっぽい笑みがのった。
「そなたが泣こうが抵抗しようが、無理にでもそなたの全てを奪う。
そなたが、おれを愛するには、時間がとてつもなくかかるだろうと、今、理解したゆえ」
胸を、罪悪感のようなものが埋め尽くし、カエデは瞳を曇らせた。
おそらく、好きになれ、愛せ、と言われて、すぐに返事を返せなかったことを言っているのだろう。
「おれは、あまり気が長くはない。
好きになってもらうのなど、そうは待てぬ。
…ならば、惚れさせるまでのこと。
おれのことで頭がいっぱいになって、おれの愛でそなたをがんじがらめにして、
おれがいなくては、生きていけぬような身にしてやろう」
カエデは真っ赤な顔で、ただ呆然とシキの言葉を聞いていた。
「幾夜でも、そなたを抱きしめて、愛をささやきながら眠りにつき、
朝、目覚めるときは口づけで起こしてやろう。
そなたが望むのならば、何度でも請い願おう。
おれを、愛せ、とな」