コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.485 )
- 日時: 2013/11/01 23:02
- 名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)
*シキはそれだけ言うと、それ以上は何もせず、すっと立ち上がった。
「…しばし待て。
近くに水の気配がするから、そこで水を汲んでくる。
ああ。
案ずるな。
おれの式神にあたりを見張らせてある。
何も恐れることなどない」
そう言い残すと、夜の闇に消えてとけるように、シキは歩き去った。
言わなくても分かる。
カエデのために水を汲んできてくれるのだ。
そして、この野宿も、カエデのためなのだと、彼女はよくわかっていた。
おそらく、シキ一人だけなら、一晩中虎を走らせても宮にたどり着くことは可能だろう。
彼は追手が来るかもしれないというのに、カエデの身を最優先したのだ。
いや、そもそも追手の存在など恐れていないのかもしれない。
それとも、追手など来ない、と考えているのか。
どちらにしろ、こうして火を焚いて暖をとるのはかなり危険なはずだ。
煙でこちらの場所が知れてしまうのだ。
(ヒタギ……)
彼の顔を思い浮かべて、カエデは目をギュッと閉じた。
いや、彼は来てくれないだろう。
ホムラと密通していたと勘違いされたに違いない。
それとも、彼がハルナの婚約者であることを知っていたのかもしれない。
ヒタギは今までにないほど怒っていた。
いや。
怒りというよりも、もっと乾いたものを感じた。
あれだけ激昂していたのだ。
追ってきてくれることなんて、まずありえない。
そこまで考えて、カエデはため息をついた。
なによりも、この想いとヒタギから逃げるためにここまで来たのに、
それでもヒタギのことを考えている。
本当に、いつからこんな風になってしまったのだろうか。
髪を撫ででくれる感触を、心地いいとかんじたときからであろうか。
あの水のような声で自分の真名を呼んでほしいと願うようになった時からだろうか。
いや、初めて会ったときに、彼の強く、深く、鮮やかで美しい青の瞳に
既にとらわれてしまっていたのかもしれない。
なんて、厄介な気持ちだろう。
逃げたのに、会いたいと思う。
願う。
自分から離れたくせに、追ってきてほしい、強く抱きしめてほしい、
離さないでほしい、と思う。
カエデは抱えた膝に顔をうずめた。
せっかくシキが止めてくれたのに、また熱いものが目の端をジワリと濡らす。
あとどれほどだろう。
あとどれほど泣けば、彼と、この想いを忘れることができるだろうか。