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Re: 浅葱の夢見し  ( No.540 )
日時: 2013/11/29 23:37
名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)

*掴まれた腕が痛い。

この指は、シキだ。


「…なんと、むごいことをする」

「…いっ」


骨がきしむほどの容赦のない力に、強く引き寄せられた。

息がかかるほどの、唇が触れ合う寸前まで顔を近づけられ、小さな声で素早くささやかれた。


「ああ、カエデ。

 そなたが憎らしいほどに愛しい。

 愛しくて、憎くて、愛しくて………ああ、気が狂いそうだ。

 このような……このような…あの男のための、あの男を救うための口づけなど、

 おれは、受けとうなかった……!!」

「っ!!」


激情が滲む声音。

確かにそうだ。

カエデだって、姉の代わりとして、ヒタギに口づけられるなど、耐えられない。

絶対に。


「カエデ」


ひどく艶(あで)やかにシキが笑った。

さらに腕を強くつかまれ、後頭部に手が添えられる。


「カエデ。

 ……そなたが、悪い」

「シ——————」


言葉は途中で闇に消えた。

かみつかれるように激しく口づけられ、カエデはただ震えた。

生々しい、シキの唇の感触。

反射的に身を引こうとしたが、腕をつかむ指と、後頭部にまわる手がそれを許さない。

貪るように唇を吸われ、息ができなくなる。

さきほど自分がやったことなど、口づけの内に入らないのだと証明されているようだ。

目尻に涙がにじむ。

自分のした行為がどれほどシキを傷つけたか口づけの激しさが表しているような気がして、

全力では抵抗できなかった。

どんどん手足から力が抜けていく。

息ができなくて苦しくて、頭の奥がぼうっとしてきたころ、ようやくシキが唇を離した。

カエデはただ喘いだ。

シキの濡れた唇が、なまめかしく動く。

ぐったりとしたカエデはそれを見ていた。

見ているしかなかった。


「…なんと、甘い。

 まことに好いた娘の唇はかほどなまでに甘いのか」


濡れた唇を、指の腹でぬぐわれ、背筋によくわからぬ震えが走った。

だが、と、シキの瞳に再び黒い感情が宿る。


「かほどなまでに好いているというのに、そなたはまったくおれを見てはくれぬ。

 これほど苦しきこと、まことそうありはせぬ。

 最初は、代わりでも良いとおもったがそうもいかぬようだ。

 ああ、憎い。

 まこと、憎き男。

 やはり、消さねばな。

 ……そなたを、まことの意味でおれだけの娘にせねば」


だめ、という言葉は音にならず、口の中で消えた。

手を伸ばしても、見開かれた青の瞳は遠い。

遠くて、遠すぎて届かない。

ヒタギの唇が、みこひめ、とつぶやいたのが分かった。




「潔く、消えろ」




びしゃり、とやけに生々しい音があたりに響いた。

深紅があたりに散る。

どさり、と重いものが地面にぶつかる音がした。

固く閉ざされた瞼。




「……あ」




ようやくかすれた声が出た。




見たい。

もう一度、青い瞳が見たい。

声が、聞きたい。

巫女姫って、いつもみたいに呼んでほしい。

失われたなんて、認めない。

認めてやらない。

これは、夢なんだ。

私は、悪い夢を見ているんだ。

そう思い込もうとする。

心が、体が、考えることを拒絶する。

認めることを受け付けない。

やがて、意識が真っ黒に塗りつぶされた。




だめ。

だめなの。

大切な人なの。

私はあの人を守りたくて、自分の心を裏切ったの。

自分の心を裏切って、気持ちを押し殺して、これで、守れる——————はずだったのに。