コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.567 )
- 日時: 2013/12/11 18:30
- 名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)
*「なんて娘だ……!
……おれのような、忍びの卑しい男は厭っておきながら、
かの皇子のような高貴で見目の良い若い男なら、誰でもいいというのか…………!!」
ひどい、なんてこと言うの、って言いたいけど、言えない。
ひどい言葉をぶつけてくるヒタギの方が、もっと苦しそうな顔をしているから。
今にも、泣き出しそうな顔。
そんな顔してほしくない。
違う、って言いたいのに言えない。
シキについていった本当の理由を離せば、私が『ハルナ』じゃないってばれてしまう。
——————ヒタギが、もう私のことを見てくれなくなってしまう。
「…ああ、そういえば、おまえを迎えに来たとか言って、さらいに来た男がいたな。
あの男もずいぶん見目がよかったな」
押し殺した声でヒタギがつぶやくように言う。
ホムラのことを言っているのだろうか。
明瞭でない意識の中、カエデは必死に考える。
「あれは、おまえの、なんだ」
カエデは、びくりと震えた。
腕をつかんでくる力がさらに強くなる。
手加減も情けも容赦もない力。
彼はカエデにとって、今は、いや、今までもこれからも兄のような存在だ。
だけど、今、カエデは『ハルナ』としてここにいる。
彼女はにとって、ホムラは、婚約者だ。
…言わなくてはならない。
カエデは弱弱しくヒタギの瞳を見つめた。
「…彼は、私の、婚約者。
私の、一番大切な人」
違う。
婚約者なんかじゃない。
私の一番大切な人は、今私の目の前にいて、私の腕をつかんでくる人。
「…私は、か、れが…好き……です…」
「……っ…!」
違う。
私の好きな人は………。
ヒタギの瞳の奥が見えた。
そして、カエデは自分の言葉が、これ以上ないほど深く彼を傷つけたのを知った。
こらえきれずに涙がこぼれた。
こんなこと、言いたくない。
嘘でも言いたくなかった。
まっすぐに、ヒタギを好いていると伝えたかった。
それに、こんなヒタギは見たくなかった。
『ハルナ』に想い人がいると知って深く深く心を傷つけられたヒタギなど。
その傷ついた青い瞳を手のひらでふさいでしまいたい衝動にかられる。
だけど、今両手は、その愛しい人に縛られて、少しも動かない。
ただ、ぼろぼろと涙だけがこぼれ落ちた。