コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 浅葱の夢見し ( No.571 )
- 日時: 2013/12/13 00:22
- 名前: いろはうた (ID: jhXfiZTU)
*「ああ…そうか。
そう、だったのか」
カエデのうつむいていた顔を、すっと長い指が上げさせた。
交わったまなざしの色が、一切の温かみをなくしていた。
ヒタギの瞳の奥は壊れて、凍りついてしまっていた。
それが溶けることは、もう二度とない、と本能的に感じ取る。
「おまえは……最初から、おれのことを少しも見てくれていなかったのか。
そんなに、泣くほどあの男が恋しくて仕方がないのか」
「ちが…」
「なにが、ちがう。
……現にこうしておまえは泣いている」
きしむような声に、胸が切り裂かれるような痛みを覚える。
ヒタギから感じるのは、まぎれもなく、嫉妬。
異常なぐらいの感情。
それほど『ハルナ』が好きなのだ、という事実にうちのめされる。
『カエデ』には、絶対にこんなこと言わない。
言ってくれない。
(……苦しいよ…)
本当だったら、今すぐこんな鎖、言霊で無理やり破壊して、ヒタギの襟をつかんで問い詰めたい。
どうして、私じゃないの。
なんで、姉上なの。
どうして『ハルナ』なの。
なんで『カエデ』じゃないの。
私の何がだめなの。
何が足りないの。
何が姉上に劣っているの。
ヒタギを想う気持ちなら、誰にも決して負けはしないのに。
ねえ、どうして。
どうしてなの。
だけど、できない。
こんなこと、言えない。
(…私は、影水月の『カエデ』に生まれてしまったのだから)
「…なあ」
ひどく静かにヒタギは言った。
「おまえは……おれのものだろう…
なあ…そうだろう……?」
彼はうわごとのようにつぶやく。
「その綺麗な目は、おれのことを映すためだけにあるのだろう…?
……だというのに、おまえはおれ以外の男ばかりをその瞳に映す…。
…………許せぬな」
その抑揚のない平坦な声の調子にぞわりと肌があわだつ。
思わず彼から離れようとしたが、ちゃりちゃり、と鎖が鳴るだけで、ほとんど身動きが取れない。
「ほら……また、おれから逃れようとする。
だから、こうして屋敷の奥に縛っておかねば。
おまえがもうおれ以外の男を見ずに済むように。
おまえを誰かにとられずに済むように」
カエデを見ているようで見ていない虚ろな壊れた瞳に、自分の怯えきった顔がうつっているのが見えた。
ヒタギがすっと顔を近づけてきた。
互いの息がまじりあう距離。
「おれは、おれを映して輝くおまえの瞳を好いているというのに……。
まこと、おまえはおれを見ようとはしない…。
なら……そんな目は……いらぬよな………?」
「……っ……!?」
ヒタギの指が目元に向かって伸びてきた。
目を、つぶされる。
あまりの恐怖に体が動かなくなる。
しゅっ
布がこすれる音。
覚悟はした。
だけど、痛みはない。
代わりにヒタギの帯で目を覆い隠されたのだと遅れて気づく。
「ヒタギ…やめて…」
「…おれを拒むことは許さない。
ああ、まこと。
仕方あるまいな。
おれのものだというのに、おれを拒むのならば………罰を与えねば」
視界が閉ざされているので、ヒタギが何をしようとしているのかが分からない。
「ひた…っ…!!」
カエデの白いのどにヒタギの唇が触れ、かみつくように口づけた。
小さく悲鳴を上げ、のけぞって逃れようとしたが、鎖とヒタギに抑えられて逃げられない。
何度も執拗に首筋や鎖骨に口づけらる。
目隠しをされているので、闇の中からの刺激にカエデは長くは耐えられず、
やがてぐったりとその身を愛しい者の腕の中に預けた。
「まだ、だ。
まだ、足りない。
…もっと、あとをつけねば。
おまえが、おれのものだという証を…」
心を砕いてでも縛られることに、白銀の巫女はもう抵抗しなかった。
漆黒の忍びはますますその瞳を凍らせた。
いくら口づけても、白銀の巫女が手に入らないような気がした。
むしろ遠ざかっていく気がした。
指の間からするりとぬけていく感覚。
焦りと嫉妬が入り混じり、屋敷の奥で彼は歪になってしまった愛を持って
漆黒の忍びは、白銀の巫女を歪んだ愛の鎖で縛り続けた。
end