コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

【 答えは聞かなくても分かるもの 】 (1/20 修正) ( No.36 )
日時: 2013/01/20 10:36
名前: 〒... しあち。 ◆InzVIXj7Ds (ID: Ti.DGgQd)




目の前にいる男は酷く無愛想だった。
何を言っても一言二言で済ますため、会話が思うように続かない。
そういう私も特に話しかけるわけではなく、ただひたすら俯いているだけ。

何故なら、この男とはほんの数時間前に会ったばかりだったから。


仕事帰り。細い路地裏を歩いていると、ふと後ろに感じた気配。
始めは気のせいだと思っていたが、歩いても歩いても背後のひやりとした感覚は消えない。

そういえば痴漢注意とかいう看板があったな……。

ここで一般的な女性なら、恐怖に怯えて走り出すだろう。
しかし私はその一般的というカテゴリーとは少しずれた分類にある。

ああ、本当に面倒臭い。

私は立ち止まると、後ろへ振り返り持っていたバックを思いっ切り振り翳した。
ゴンッ、と鈍い音が路地裏に響き渡り、背後にいた男が地面に尻もちをつく。

ふふん、ざまあみろ。私に目をつけたのが運の尽きよ。

ちょっとした優越感に浸っていると、男が殴られた頭を抑えつつこう言った。

「あの……これ落としましたよ」


あの後話を聞くと、電車の中で私が落とした手帳を、届けに来てくれたらしい。
ずっと声を掛けていたのだがなかなか振り向いてくれず、やっと振り返ったと思ったらこのザマだという。

あーそういえば音楽聴いてたわ。

とりあえず此処で話すのもあれなので、近くのカフェへ入ったのまでは良いのだが……。

「……」
「……」

何を話せばいいのだろうか。重々しい沈黙が2人を包み込む。

「あの……本当にすみませんでした」

もう数十回は言っているであろう言葉を口にする。その度に「いえ……」と言われ、会話終了。
重々しい空気が苦手な私にとって、この沈黙はなんとも耐え難い。

うぅ……一体どうすれば良いのだろう。

柄にもなく涙が出そうになり、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「……そんな悲しい顔をしないで下さい」

ふいに凛とした声が耳に響き渡った。
それが目の前の人物から発せられたと理解するまで、数十秒。
下げていた顔を慌てて上げれば、先程までの無愛想とは打って変わって、驚くほど柔らかい表情で微笑んでいた。

ああ、この人もこんな表情をするんだ……。

心臓の脈打つ鼓動がどんどん早くなるのが自分でも分かる。
それが何なのか、理解できないほど私も馬鹿ではない。

26にもなって、まさかこんな少女漫画のような事が起こるとはね。

だからその感情の名前を尋ねる必要はない。
だって——








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