コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

【 屋上bitter 】 ( No.54 )
日時: 2013/02/02 09:56
名前: 〒... しあち。 ◆InzVIXj7Ds (ID: Ti.DGgQd)





三時間目のチャイムが鳴る。
それをわざと聞かないふりをして、缶コーヒーを持って誰も通っていない廊下を進む。

廊下を進み、階段を上るとそこはいつもの場所。
屋上の扉の鍵は掛かっていない。俺が前に鍵を壊したんだ。
鍵の掛かっていない扉を開けると、そこには先客がいた。

「よぉ、薫。お前もサボりだ」
「なんで決めつけてんの。ま、そうだけどね」
「ヤンキ—だな」

薫と俺はサボり常習犯仲間。因みに薫と一緒に鍵を壊した。
一学期の春頃、サボり目的で屋上に行ったらそこに薫が居た。
それからちょくちょく会うようになって、今に至る訳だ。

「あんたもでしょ」
「だな」

名前は薫。何年生なのかも、何組なのかも知らない。知っているのは名前だけ。
それでも波長が合うのか、互いに直ぐ仲良くなれた。

億劫な学校に来るのも、薫がいるから。薫と他愛も無い話が出来るから。

いつの間にか俺にとって欠かせないモノとなった。
屋上を薫と二人で独占している空間。薫と二人きりの空間が——。


ある日のこと。
俺はいつも通り屋上へ行く。そこにはやっぱり、いつも通りの薫の姿が見えた。

ただ、表情だけを除いて。

あまりにも物哀しそうな、そして憂いを帯びた横顔。俺は声を掛けられなかった。
暫く俺らは黙ったまま。少しの沈黙を過ごしてから薫が口を開いた。

「ねえ、凌駕。私……もうここに来られないって言ったらどうする?」
「な、何言ってんだよ急に。冗談言うなよ薫」
「冗談じゃないの……。私ね、結婚することになったのよ」
「……っ」

それは頭を鈍器で殴られたかのような強い、衝撃的な言葉だった。

「け……結婚って、薫何歳だよ……?」
「18歳。3年2組の志田薫」

初めて聞いた薫の情報。俺よりも2歳上だった。

「俺より先輩だったのかよ……。で何で結婚なんか」
「父が言ったから。私の父は志田財閥の社長。私は取引先の社長さんの息子と結婚するの」

志田財閥はこの日本で五本の指に入るくらい有名な財閥。
ニュースで社長の娘が婚約するとかなんとか言っていた気がする。

その娘が薫だったなんて……。

「……父親の言いなりじゃねえか。好きでもねぇ奴と結婚すんのかよ!」
「仕方が無いじゃない! 私が結婚しないと、取引が成功しないのよ! それに私はもう納得しているのよ!?」
「なら何でそんな哀しい顔してんだよ!」
「……っ」

言葉では割り切っていても、薫はさっきから哀しい表情のまま。

「……私、ね……凌駕の事が好きだったよ……」

それは、途轍もなく儚げな表情だった。

「……俺もだよ……薫」
「私がいなくなっても泣かないでよ?」
「あぁ泣かねぇよ……」
「ちゃんと授業出てよ?」
「……それはちょっと……」
「ふふふっ」

今の表情は心から笑っている笑顔。いつもの薫の顔。
その顔を見ると、やっぱり好きだなと思う。

「なぁ……、一つだけ良いか……?」
「なに?」
「最後にキス、してぇんだ」

薫は一瞬目を見開くと、笑顔で「良いよ」と言った。

唇に、触れ合うか触れ合わないかくらいの優しいキス——。


次の日。薫は学校を中退したらしい。俺はいつも通り缶コーヒーを持ち、屋上へ向かう。
扉を開けると、そこには誰もいない。ただ、剥がれかけのタイルだけがあっただけ。

いつもの定位置に座る。ふと壁を見ると、そこには手紙が貼り付けられてあった。

 凌駕へ

 これを読んでるって事はまたサボったのね。ちゃんと授業には出るのよ?
 知ってるかもしれないけど、中退したの。今度こそ本当のヤンキ—になっちゃったわ。
 話が逸れちゃったわね。私の事はもう大丈夫よ。ありがとう。凌駕も元気ね。授業に出てね。
 じゃあ、またいつか会える日を楽しみにしているわ。

 大好きだったよ。                                      薫より


「ははっ……、何回授業出ろって書いてんだよ。心配しなくても出てやるよ」

読み終えると、目に熱が集まるのを感じた。俺はそれを堪え笑った。
この空間には誰もいない。俺一人きり。

グイッと一口飲んだコーヒーが、いつもより苦く感じた。








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