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ココロ×ツバサ 第2話過去 ( No.23 )
日時: 2013/06/12 20:28
名前: 外園 伊織 (ID: Q2Am3366)

——星ノ宮高校

一年生は5月までは普通科だけで選択制の専門科目はまだ学べない。
二組の休み時間はどのクラスよりもにぎやかだ。
その中に。
「あーっ。数学全っ然わかんねえっっ」
頭をかかえている昴のノートに空が指差した。
「だから、ここはこうするって言ってるだろ?」
空の机に自分の教科書とノートを置いて唸った昴である。
そんな二人を面白そうに見ていた和音に昴はがばっと昴は向き直った。
「和音も見てないで手伝ってくれ」
…まずい。
和音は思わず目を泳がせた。
「えっと…。私も数学苦手だから…昴君に教えるのは…ちょっと……」
しどろもどろに言い澱む言葉がだんだん小さくなっていく。
和音は友達の役に立てない自分が情けなくてしょうがなかった。
「ほら、和音も数学嫌いだってよ」
特に気にした様子もなく瞳を輝かせた昴の頭を空が教科書で叩く。
「和音は苦手だと言ってるんだ。第一、お前と和音を同類にするのはいささか和音に失礼だろ」
そうして彼は肩をすくめると、ほら、と昴と和音の間に持っていた教科書を開いて置いた。
「昴は基本問題が出来てるから応用問題を解けるようにする」
まるで先生のような空に昴は眉根を寄せた。
「今、俺はこの世から応用問題を消し去りたいと思った」
「…おい、さっさと真面目にやる。教えてくれって昴が言ったんだろう。あ、和音も一緒にこのページの問三解く」
「……はい」
呆れ顔の空に昴と和音は従った。
空の解説を聞きながらシャープペンシルをはしらせていた和音はふと思った。
—空君って教えるのが本当に上手いなあ…。
入学してはやくも三週間がたち、四人の性格などが徐々にわかってきた今日この頃。
空が案外面倒見がいいのは驚いた。
どうしてだろうと和音が訊くと彼は心当たりがあるのか、ああ、と頬を掻いた。
—…弟と妹がいるから自然とそうなるのかな…。兄弟で一番上って結構大変なんだけどね。
だからかと和音は納得した。
和音は一人娘なので兄弟がいる人に憧れている。
空とは対照的に昴はいかにも男子らしくはつらつとした体育会系の性格だ。クラスメイトからも人気のムードメーカーだ。
勉強嫌いなのか、はたまたやる気がないのか大抵授業中は教科書を立てて居眠りをしている。
そんな昴を他人事ながら先生にばれやしないかと内心冷や汗を掻きながら見守っている和音であった。
「まず、式を簡単にするだろう」
「ほうほう」
前方は空、後方は昴で和音はというと黙々と言われたとおりに書き取っている。
「で、この式にさっき習った公式を使う」
「なるほど」
かりかりかり…。
「最後にこれは間違った例だからこうしないように気をつける。——…終わり」
「………おーっ!すげー、初めて解けたっ」
わーい。俺ってやればできるじゃんか。
いたく感動している昴はいつも通りおいといて空は和音のノートを覗いた。
「和音はわかったか?」
「うん。空君がわかりやすく教えてくれるから、なんとか」
ちょっといいか、と彼は和音のノートになにやら書き加えた。
すらすらと素早く書き込む空の手元を感心した風情で和音は凝視した。
「これでもいいんだけど、俺が書いた途中式の方が簡単でいいかも」
「そうなの?…ありがとう」
礼を言って優しく微笑んだ和音に頷くと昴に声をかけた。
「昴、数学教えたんだから英語のプリントをやるの手伝えよー」
教科書などをしまっていた昴はおうよ、と親指を立てた。
「わかってるって。唯一お前より英語がデキるからな」
そこに、にゅっといつの間にかレーナが出てきて鼻高々な昴にフフッと笑った。
「でも、昴よりあたしのほうが中学の英語の成績は良かったよ〜」
「麗、余計な事は言わなくていいんだぞ」
昴とレーナは同じ中学校でクラスメイトだったらしい。高校も同じと決めたのだから相当仲が良いのだろう。
半眼になった昴にレーナについてきた葵がまあまあとなだめた。
「昴君、アメリカ出身の麗ちゃんと比べても意味ないよ。ねえ、そうだと思わない?和音ちゃん」
「そうだね。でもレーナは日本語も流暢だからいいなあ」




四人が気にかけているおかげで入学当初より口数が少しずつ多くなっている和音だ。
彼女が心を開き始めているのは、彼らが本音で向き合っているためだ。
昔は友達が喋っているのをただ聞いているだけだった和音の話をちゃんと聞いて答えてくれる彼らは和音にとって共にいて安心できる存在になっていた。
彼女が五人一緒だと笑顔なのがその証拠だ。
過去にできた心の傷跡はゆっくりと時をかけて忘れることは不可能でも癒すのが最善だと葵も、昴も、レーナも、そして空も苦い過去の経験で知ったのだ。
だからこそ、入学式に初めて出会った和音が過去のことで何か傷ついているのが顔に表れていて、それに気づいた。
どうしてだか、この世界は同じ想いをした人々を繋ぎあわせる。
和音はいまだに過去に囚われている。だから誰かが手を差し伸べなければいけないのだ。
五人は誰にも言えない暗い過去を胸に秘めている。
その過去は変えられないけれど、未来はその分明るくて幸せな方向へと変えることができる。




「俺すっごくお腹すいた。ほら、はやく食堂に行こうぜ」
葵がそうだねと笑うと和音とレーナの手を引いた。
「すぐに込んじゃうからねー。そうだ、空君走って席とってきて」
「へ?俺じゃなくて一番はやく食べたい昴、よろしく」
「えー、俺勉強したから疲れて走れない」
なに言ってるんだと五人の楽しそうな笑い声が響いた。








     ◇          ◇          ◇


         ——繰り返し繰り返しあの日の夢を見る
         それは胸が裂けてしまいそうなほど、悲しくて辛い夢
         目が覚めるたび、何度も何度も後悔がよぎるのだ