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- ココロ×ツバサ 第2話過去・葵 ( No.27 )
- 日時: 2013/08/24 20:17
- 名前: 外園 伊織 (ID: f..WtEHf)
——六年前
雨上がりの道路に幼い少女がパシャパシャと音を立てて走っている。
少女はそのまま古風な家の門に入ると玄関の戸を開いた。
「ただいまっ」
靴を脱いでいると中から着物をまとった七十代後半の女性が出てきて少女の隣に膝をついた。
「お嬢さん、お帰りなさいませ」
「ばあや、ただいま」
頷くとばあやの手を握り、自室に入るとランドセルを置いた。
ちょこんと座るとばあやがお下げに結んだ少女の髪をほどき、懐から取り出した櫛で少女の髪を梳いた。
「あおいね、今日のじゅぎょうで先生によくできたねってほめられたの」
「まあ、それはそれは…。よろしゅうございます」
葵が嬉しそうにうん、と自分の髪をいじる。
「お母さまに後で言わなくちゃ。お父さまはいそがしいから無理よね……」
「お嬢さん…」
ばあやは膝に両手を重ねて小さな葵は戸惑いながら見下ろした。
この娘はいつもそうなのだ。
葵は自分から父に会いたいとは言わない
子供ながらに多忙な父に我がままを言って困らせてはいけないと自覚しているのだろう。寂しいはずなのにそれを見せまいとしているのを、ばあやはただ見守ることしか出来なかった。
そのせいか、葵は我慢強い子だ。
「いいのよ。お父さまにたまにしか会えないのは仕方がないことだもの。私にはばあやがいつもいてくれるから、だいじょうぶだわ。そうだ、お兄さまはいつ帰ってくるの?」
葵は頭を振ると話題を変えて明るくつとめた。
ばあやは一瞬考えながら答えた。
「そうですね…。もうすぐ学校からお戻りになると思います」
葵には一つ年上の兄がいる。父にあまり一緒にいられないため、葵にとっては兄は父のような存在だ。兄は葵が傍にいても邪険にせず、相手にしてくれる心の広くて優しいのだ。家族や友達からの信頼も厚い聡明な少年だ。葵は兄のことが物心ついた頃から普段から家にいない父より大好きで、いつも兄の後ろにくっついていた。そのことで父は随分落ち込んだとか。
その様子を周りは笑いを堪えて眺めていた。
ガラ…。
「ただいまー」
玄関の戸が開く音の後に聞こえた声に葵は瞳を輝かせた。
「お兄さまっ、おかえりなさい!」
部屋から飛び出して、真っ先に兄のもとに向かう葵を苦笑しながら、ばあやは見やる。
「ただいま葵。いい子にしていたか?」
目を細めて妹の頭をなでる朔也(さくや)の隣に並ぶ少年に気づいた葵は声を弾ませた。
「やったー。拓深(たくみ)ちゃんもいるのね」
「うん。朔也に誘われたからな、お前も一緒に三人で遊ぼうと思って来たんだ」
拓深はにかっと笑うとこちらに歩いてくるばあやに会釈した。ばあやも拓深に気がついたようだ。
「お邪魔してます。こんにちは、ばあやさま」
「ええ、拓深さん。こんにちは。遠慮なさらずにどうぞ」
拓深は朔也と葵の幼馴染でよく遊びに茜家にくるので、ばあやとは面識がある。彼はばあやに好印象を与えていた。
「あっ、今日は三人で遊びに行こうと思って葵を呼びに来たので、お気になさらないでください」
拓深は首を振ると、丁寧な受け答えをした。
「ばあや、いいよね?」
朔也が確認するとばあやは頷いた。
「もちろん。きちんと時間通りに帰ってくるんですよ」
「わかってる」
朔也は靴を履いた葵の手をしっかりと握った。
「じゃあいってきます」
「いってらっしゃいませ」
ばあやは仲良く出て行った子供たちを微笑ましそうに見送った。