コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

壱話 雨月高校七不思議其之壱・天井下り ( No.22 )
日時: 2013/03/19 01:25
名前: 水岡月緒 (ID: joK8LdJj)

「だが断る」
「嫌だ」

「……にべもないね、君達」

何と言われようと知った事か、この手の話に乗ってろくな目に合った覚えがない。そもそも、こちとら学校側の面目なんぞの為に働いてやる義理はこれっぽっちもないのだ。

「……大体、秋雨が人の為に働くわけない」

幸村がジト目で視線を走らせた。何という言われよう、自業自得とはいえ同情しなくもないが、やっぱり悪いのは秋雨だ仕方ない、と思い直す。向かいではりんが「変態ざまぁぁぁぁ!!!!」と指をさし、こめかみに辞書の角を喰らった。

「まあ確かに、貰う物はきっちり貰うけどね」
「いいの?許されてるのそれ?部活でしょ曲がりなりにも」
「仕方ないよ、部活動とでも銘打っておかないと稼げないじゃないか」

この学校、何故かバイトは禁止だからね。
そう呟いて口角を吊り上げた秋雨が、詐欺師か何かに見えたのは私だけじゃないと思いたい。

「ちなみに、貰える物って?」
「もし全部解決出来たら、うちに予算出すようかけあってくれって頼んだんだよ」

予算が出れば、万々歳。
もし失敗しても、学校側に大きい貸しを作っておける。

「これ程いい条件ないよね?」
「……悪魔だ……悪魔がいる……!」
「……やる事汚い」
「腹どころか脳味噌も真っ黒なんじゃねーの変態?だから変態なんだよ」

秋雨総バッシング。
しかしながら本人はどこ吹く風、まずは一階の廊下だから、とだけ言い残してとっとと出て行ってしまった。

「……行っちゃった」
「ほっとけばよくね?」

いいわけあったら良かったのに。

「……幸村」
「……分かってる」

これだけで通じてしまったか、何この切ない以心伝心。
なんとなく、真新しい家具や報酬の要求がまかり通っている理由が分かった気がして、ガラステーブルに放置されてた新聞部誌を引っ掴むと、後ろで一人会話が通じずおたおたしてるりんを尻目に二人で部屋を飛び出した。
完璧に秋雨の思惑通りになってる気がしたが、追いかけた場合の惨状と放置した場合の惨状を秤にかけたら、間違いなく放置した場合を乗せた腕が砕け散る。
身体能力のスペックも半端ない秋雨は気が付くともう見えなくなっていて、同じく身体能力の高い幸村に手を引かれながら走った。六階から一階ってこんなに遠かったっけ。

「あ、来た来た」

来た来たじゃねぇぇぇと脳内で全力で叫ぶ。実際はちゃんと声に出してシャウトしてやりたかったけど、息切れが収まらなくて、まともに喋れるようになるのに数分かかった。屈辱。

「……で、ここがどうし——」

——妖気。

すかさず小学校時代に培った反射神経にものを言わせ後ずさった瞬間、数秒前に私の顔があった場所に乱れた長髪が降って来た。

「……ナニコレ」
「珍百景」
「……いや、確かに一般人には物珍しいだろうけど」

ブレないマイペースっぷりでボケないでくれ幸村。
そんな珍百景は、よく見ると髪の毛の隙間から顔が見える。天井と人間の胴体らしき物で繋がってぶら下がっているみたいだけど、本当に何だこれ。

「お、天井下りじゃねーか」
「……りん、いつの間に?」
「今。幸の字足速えーんだよ」

幸の字、というのは幸村だろうか。
置いてくなよなー、とぼやくりん曰く、この珍百景は『天井下り』という、天井からぶら下がって人を脅かす妖怪だが害は無いらしい。
……いや、天井から突然ぶら下がる事自体、心臓の弱い人や胆の小さい人には十分すぎる害だと思うけど。

「そもそも天井下りのくせして何故に一階に出る?」
「ここに武家屋敷だった頃からいたからなこいつ」

りんがくるくるとうろつく。

「学校が出来ても屋敷があった頃の名残でここにいたんだね」

天井下りに一瞥をくれ、秋雨が言葉を引き継いだ。

「……そういうのって、建物が無くなったらいなくなるのかとてっきり」
「相手による」
「依代だった場所を失って手が付けられなくなるのもいるよ」

依代ごと消えるのもいるけどね。
そう言った秋雨に幸村が頷く。目は右手につまんだ髪を見ていた。遠くを見ている目だった。

「……それで、どうするの」

足元にいたりんに話しかける。秋雨の方を向くと、必然的に幸村が見えるのでやめておいた。

「んー、別にこいつ場所にこだわってるわけじゃねえと思うし……どっか適当に連れていけば?」
「どっかってどこよ」
「図書準備室」

成程、あそこなら基本人来ないしらしいし平気か。ナイス幸村。

「じゃあちょっと移動させるから、待ってて」

秋雨が一歩天井下りに近寄った。しかしながら、移動させるってどうやって。
私の疑問をよそに、秋雨はボサボサの長髪に掴みかかり——掴みかかり?
静止しようとしたけど間に合わず、微塵の躊躇いもなく床に叩き落した。妖怪も重力には逆らえなかったらしい。合掌。
そのまま天井下りは為す術もなく拉致られていった。私達は数分後に秋雨が戻ってくるまで、ただただ茫然としてるしかなかった。

「……秋雨」
「何?」
「……あと六つも、この調子で行くつもり?」

まあ、時と場合によりけりかな。
いつもの調子で浮かべた笑顔に、致死量の悪意がプラスされてる気がした。