コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

壱話 雨月高校七不思議其之弐・紫ババア ( No.30 )
日時: 2013/03/29 01:37
名前: 水岡月緒 (ID: joK8LdJj)

「…………ぅ——……」

……ん?
何かものっそい幽かに声が。しかし、今振り向いても人影は見えない。
幻聴かと思ったが、りんが「やべぇっ」と黒猫になって走っていったので、一応他人にも聞こえてたようだ。

「つーか、りんって猫だったんだ」

確かに秋雨が馬鹿猫呼ばわりしてたけど、本当に猫だったとは。

「りんは猫又だから」
「……猫又って、人に化けたりするもんだっけ?」
「中国のは化けるらしいよ。馬鹿猫と違って猫又じゃなくて仙狸っていうけど」
「……るぅ——……」

話を聞くと、りんは幸村が生まれた頃にはすでに生きてて、この学校が建って以来住み着いてるとの事。なんでも猫耳少女にしか化けられないらしく、理由は本人に言わせると「狐や狸じゃあるまいし変化は苦手」だそうで。

「いや人間じゃないのは分かってたけど、猫又だとは——」
「……つるーー、スルーかー、つるー」
「ひゃああああああああああっ!?……って、清水いつの間に!」

今!と思わずブン殴りたくなる笑顔を浮かべた私の親友、もとい深山清水。というかどっから湧いて出たんだ。そう聞くと、昇降口で見かけたから走って来た!との返答が。なんつー声量と足してるんだこの陸上部のホープは。

「……深山?」
「……あ、そこにいるのはあまりの不器用っぷりに中学時代調理室と被服室への出入り禁止令を出されたゆっきーと、一見流行とか敏感そうなイケメンなのに、部屋着は髑髏Tシャツと柔道着の地獄のローテーションなあっきー先輩」
「……うん、その長ったらしい説明、いる?後あっきーって呼ぶの止めて欲しいんだけどいい加減」
「いいじゃないすか別に。……ところでこれ何の集まり?つる」
「……キクナ」
「夕鶴、片言になってる」
「金稼ぎの一環に七不思議撲滅だけど」
「秋雨は言葉を選ぶっていうスキルを覚えようよ……!」

言ってる事はある意味間違ってないんだろうけどさ。
しかし相手は清水、常人なら失笑か硬直かの二択だろうセリフにも、

「何すかそれ、妖怪始末人トラウマ!的な何か?」
「何人が理解してくれるのそのネタ」

ぶっちゃけ私タイトルしか知らないよそれ。
メジャーだかマイナーだかもわからない漫画を思い浮かべ感慨にふけると、唐突に呼ばれた。幸村だった。

「秋雨が、そろそろ次行くって」
「次?次ってそういえば何?」

一応存在は忘れてなかった七不思議特集の新聞部誌を捲ってみると。

『紫ババア
 全身紫色ずくめの老婆で、長い爪を携えているとの話も。
 出会うと金縛りに遭ったり心臓を抜かれてしまう。
 雨校では一階女子トイレで目撃情報有り。』

とりあえず、目撃者の安否が心配です。

「秋雨、これ一気に危険度増してない?」
「そうだね、というわけで次の調査宜しく」
「日本語がおかしい!!」

よろしくって、私に死んで来いって事か。

「え、だって次女子トイレだしね」

……さいですか。

「ゆっきーはともかく、あっきー先輩は何の躊躇いもなく行きそうだなって思いました!」
「戻ってきたら覚えてろよ。……心配しなくても、あれもつけるよ」
「あれ呼ばわりすんな」

気が付けば、後ろには帽子を被ったりんが。なぜ皆して音も立てずに背後に回るんだろう。流行ってるのか。

「りん、何その帽子」
「耳隠す用。服はめんどくせえから変えないけどな」

今の会話が聞こえてるのか聞こえてないのか、清水が呑気に言う。

「あ、りーりんだ」
「……りーりんって、りん?それ以前に知ってるの?」
「有名らしいよ?コスプレ風和服美少女な不法侵入者って!情報源は雨校ホームページ」

……何故どこも騒ぎにしないんだろう。具体的に警察とか警察とか警察とか。
そもそもネットに存在流してるって事は学校が存在容認してるって受け取っていいのか。

「正直馬鹿猫に任せるのは死ぬより癪だけどね。まあ馬鹿猫は頑張って殺られてこい」
「変態表に出やがれ!!!」
「上等だよ。全身の皮剥がれて三味線にされるか、挽肉になって今夜の食卓に並べられるか選べ馬鹿猫」
「……つるー、どうするのあの二人」
「……りんを回収してとっとと済ませよう」

てめえこそ挽肉になれ!と怒鳴るりんを一旦捕獲し、結局私と清水とりんのパーティーで強制的に現場へ向かう事に。

「夕鶴、大丈夫?」
「……気遣ってくれるのは幸村ぐらいだよ……」
「まあまあ。そうだ、そこまで不安ならこうしとこう」

秋雨がケータイを出した次の瞬間、ポケットから最近変えた着信音。

「……電話?」
「繋げとけば少なくとも連絡は取れるよ」
「いや、いざとなったら助けにきてよ……」

繋げっぱなしにするメリットないし。……いや、いざとなったら電話もかけられないかな?論点そこじゃないけど。
不安は拭われないまま、悲しきかなあっさり到着。

「……意外と暗いね。まだ昼過ぎなのに」
「あんま使われてねーからなー、ここ」

照明は薄暗いけど建て替えられたばかりで綺麗な、ピンクのタイルが基調の少し狭い女子トイレを、ざっと眺める。右側に個室が三つ、目の前に小さい窓があり、左側に水道と鏡があった。
すると、私に代わって七不思議特集を読み込んでた清水が突然声を張り上げる。

「何?清水」
「つる!ここに書いてあるけど、紫ババアって『ムラサキムラサキムラサキ』で追い払えるみたいだよ!」
「とっとと言ってよ!」

一応撃退する術もあったのかと、少しばかり安心して胸を撫で下ろした。
……左にいたりんが、うっかり目に映ったのが悪かったと思う。
りんのさらに左、水道の脇に取り付けられた鏡に、見えたのは。

紫の着物。袖から見える針みたいな爪は幻覚だと信じたい。
腰まである髪と、さっきの天井下りよりは分かりやすい、老婆の顔。紫の口紅なんてこの世にあるのか初めて知ったよ。
名は体を表すというけれど、いつの間にか開いていた個室から出てきたのは、まさしく紫ババアだろう。本当にそのまんまだ。

「いぎゃああああああああああ出たああああああああああああ!?」

絶叫が思い切り響いた。叫びながらウサイン・ボルトだって真っ青のスピードで、おそらく陸上では永劫使われないだろう足さばきで後ずさる清水。私もりんも悲鳴は上げないものの目を丸くして固まってしまった。
紫ババアって確か、出遭った人間を金縛りに遭わせたり、下手すれば心臓持っていくんだっけ冗談じゃないんですけど。
いくら怪奇現象には慣れてても、流石に命の危機には慣れてないですっつーか慣れたくもないですヘルペスミー。

「……し、清水、何だっけあれ!紫ババア退散させるあれ!」

隣であわあわともつれた舌を動かす清水のブレザーを引っ張る。

「えええええええええっと、そうだポマードポマードポマードっ!!!!」
「ごめん、それ多分口裂け女!」
「えっ、マジ!?えっとえっと何だっけ確かこれにっ!」
「ページめくってる余裕なんぞあるか!……りん!りん覚えてない!?」
「……わ、悪りぃ分かんねえ!」

微かな希望が絶たれた。というより全員混乱のあまり色々とおかしい。

「ちょ、りーりんしっかりぃぃぃぃ!!!!!」
「無茶言うんじゃねえ俺都市伝説は詳しくねーんだよ!」
「ちょっとどうすんの、このままじゃパーティー全滅コースしか待ってないよ!?」
「つるかりーりんがザオリクかパラディンガード使えればっ……!」
「私賢者でもパラディンでもないから!ああもうどうすんの!?」
『……ムラサキムラサキムラサキ』
「「「……えっ?」」」

ああ、そういえばムラサキムラサキムラサキだったような。
すると紫ババアは、すーっと消えていく。声の主は……右手のケータイだった。

「幸……村?」
『皆、無事?』
『馬鹿猫が予想通り全く役に立ってないみたいだったから、幸村君の助け舟が入ったよ』
「変態、てめえの売ってる喧嘩はいくらで買えるんだ?」
『君に渡せる物なんてこの世からの引導位だよ』
『……誰か一旦戻ってきて』
「あ、じゃあうちが行くよー」

すっかり恐怖から抜け出し、いつもの調子で去っていく清水。数分後、大量の藁半紙に似た紙を抱えて戻って来た。

「何、それ?」
「なんかね、あっきー先輩がこれに『ムラサキムラサキムラサキ』って書いて貼っとけばとりあえず平気だろうって」

そんなもんあるなら最初から渡してくれ。そうしたらこんな心臓がフルマラソン後に倍速かけたような勢いにならずにに済んだかもしれないのに。
しかし今更文句を言っても始まらない、ちゃっかり秋雨から借りてきたらしいペンで手分けして紙を捌いていく。

「夕鶴、何だろーなこの紙?変態経由だと何かあんまいい予感しねーんだけど」
「……うーん、妖気微妙に感じるけど大丈夫でしょ。……多分」

だんだん不安になって来たけど、考えても分からない事は考えない。
……それより、紙多すぎて最早貼るとこ無いんだけど。どんだけ一枚一枚の効力薄いんだ。
結局鏡にまで紙貼ってノルマを達成した後に聞いたところ、紙くれた相手に連絡いれて、後日ここに来てくれる事になったらしい。幸村と秋雨曰く、人柄は信用出来ないけど腕はいいとの事。
とりあえず、その人が来るまでここのトイレは使用不可能になった事だけは確かだ。