コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

壱話 雨月高校七不思議其之伍・和尚魚 ( No.35 )
日時: 2013/04/09 00:58
名前: 水岡月緒 (ID: joK8LdJj)

世の中にはプールのない学校も存在するらしいが、雨校にはばっちりプールが存在する。
別段室内にあるわけでも温水でもない為に水泳部はないが、一応夏の間、体育は水泳らしい。
そんなわが校のプールは、さとるくん騒動のあった公衆電話の群れの向かい、自販機の脇の廊下を抜けた先にあった。

「……うぅ、すごい藻と虫……」

フェンスを越えて、上履きのままプールサイドに降りた瞬間、思わず本音が零れた。どこだってそうなんだろうけれど、夏が終わって冬を越したプールというのは、とりあえずキモい。
ちなみに小中学校でもそうだったが、プールというものは大抵高いフェンスと錠に守られているもので、もちろんうちのパーティーがプールのカギもさいごのカギも持ってる筈もなく。当たって砕けろと一応先生にも頼んでみたものの、当然の如く玉砕。どーすんだオイと問い詰めた所、三人揃って何の躊躇いもなくフェンスを越えていった。
置いてけぼりを喰らった私は、再び幸村の手を借りてプールサイドに辿り着く。不法侵入で訴えられたら確実に負けるよこれ。

「秋雨、こんなとこに何がいるわけ?」
「……いや、それが」

分からないんだよね、と秋雨はほざいた。

「……分からない?」
「なんだよそれ、とうとう脳味噌イカレたか」
「いやちょっと、はっきりしてくれないと色々困るんだけど」

秋雨総バッシング再び。
今度はスルーせず、そんな事言われてもね、といつもの微笑が苦笑いに変わった。

「目撃談がはっきりしてないんだよ。ただ、亀が出た——ってだけで」
「……か、亀?」

それは怪談に分類していいのだろうか。いや、こんな劣悪な環境で生きてるんだからある意味不気味だけれども。
話を聞くと、時々プールで人間位あるのではなかろうかという亀が目撃されているらしい。さっさと警察と保健所に通報しろよと思ったけれど、どうやら見える人と見えない人がいるらしく、幽霊の類かと噂されているそうで。

「流石に僕も亀、ってだけじゃ見当つかなくてね……」
「じゃあ、幸村とりんは?やっぱ分からない?」
「うん」

幸村は駄目か。りんはどうかと思ったけれど、返事はこない。
というより、りんがいない。

「え、あれ、りん!?」

慌ててプールを見渡すと、少し離れた入口付近に発見。いつの間に。

「なあ変態、その亀ってこいつじゃね?」

数秒後、何か海亀みたいな生物を両手で掲げて走って来た。
帽子やら袖やらが一斉に水を被って、最早亀でも猫又でもない新種の妖怪と成り果てている様はぶっちゃけホラーなので、頼むから水を絞るなり近寄らないなりしてプリーズ。怖いというよりキモいです。

「……これ、和尚魚」

大量の藻と一緒に、プールサイドに叩きつけられた海亀を見た幸村が言う。
とりあえず私もどれどれと見てみると。

「……何このシュールなキメラは」

その亀は、確かに大きいけれどすごく平たくてスッポンに似た印象を受ける甲羅から、坊主頭を引っ付けた首を伸ばしている。
名前は和尚魚らしいが、どの辺が魚?と聞くと知らないと帰って来た。それ以前に色々とツッコミ所多すぎる。

「ふつーに泳いでたからとっ捕まえて来たけど、和尚魚かよ」

前髪が顔に張り付いて貞子みたいになってるりんが、呆れだか驚きだか分からない声を上げた。
海坊主の仲間らしく海にいる妖怪だが流石にプールに出た事例はないようなので当の本人に事情を聞いたところ、住処にしていた海が埋め立てられて以来、知り合いの妖怪を頼って妖気の多い水辺を転々としていたとか。

「……しかし、どうすればいいんだろうねこいつ」
「……成仏させる?」

幸村がさらっと言ってのけた。父親が死神の幸村は幽霊等をあの世に送る力もあるらしいが、今殺されたら死んでも死にきれないと思うよ。
案の定泣きながら助けてくれと命乞いされた。何か未練でもあるのかと思ったけれど、単に捕まると命乞いする妖怪らしい。

「もう祟るなよって言い含めて海に放すといいらしいね」
「……海って、この近くに海なんてないよ」

雨校は思いっきり駅の近くだからなあ。
すると、秋雨が突然幸村の方を振り向き、

「幸村君、理科室行って水槽取ってきて。一番大きいやつね。夕鶴は調理室から塩水」

おいおいまさか。
一応言われたとおりに塩水作って、幸村がかっぱらってきた水槽にとにかく注ぐ。この時点で、罪状が不法侵入に加え窃盗も追加される事になっちゃったけど大丈夫じゃないな。

「まあ、簡易版海という事で」
「という事でじゃないよ」

何この小学生の工作並の発想。まあ塩素と藻に浸かりっぱなしよりいいかもしれない。
りんが簡易版海に和尚魚を投げ入れ、これで一旦捕獲完了。
一応理科室一の大きさらしいがそれでも幅が足りず、縦にして押し込まれているのには目をつぶってもらおう。何か学校だけじゃなくて動物愛護団体からも訴えられそうだ。
しかし、和尚魚には小さくても人間が抱えるには大きすぎるそれをどうやって持っていくんだと思ったら、いまだに服から水滴を振りまきながらりんがあっさりフェンスを飛び越えて運んで行く。
猫の片鱗が垣間見える運動神経に感服していたら、うっかりフェンスから滑り落ちかけて幸村に受け止められた。
……体操でも習おうかな。