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Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【15話更新 トーク付】 ( No.108 )
日時: 2013/05/25 18:26
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

「不可解な事なんてそこらじゅうに転がってるものよね……」
 窓から差し込む光に月光のガラスをかざしながら、そのまばゆきに目を細める。
 月光の雫を収める月光のガラス。しかし、そのガラスの中身は空っぽだ。
 数日前から月光の雫となりそうなものを探しているものの、色も形も正体さえ分からないので手さぐり状態だった。
 池の水に、川の水、玉ねぎを猛烈に切って流した涙、あらゆる飲料、雫となるものは全て月光のガラスに入れてその反応を試したが努力虚しく反応はゼロ。
 そこらにあるものは一通り試し、なすすべもなかったのでもっと正体を知るためにケイと二人本棚をひっくり返すように探した。そこでやっと確かに分かったのが「月光の雫は清らかな水である」ということだった。
「清らかな水……ねえ」
 ルリィは至難するように肘をついて首をかしげた。
 探しても簡単に見つかってはくれない雫、しかし、ルリィはそれよりも深い悩みを抱えていた。
「ナイトったら何を警戒したり隠しているの……? それにケイも……」
 ケイが昨夜ずぶ濡れな姿で「池に落ちちゃいました」と照れ笑いしながら現れた。昨夜はそれほど寒さはなかったから風邪を引く様子はなかったのでルリィも苦笑で迎えれたが、よく考えてみるとどうにも不自然だった。
 ケイは昔から注意力が高くて運動神経も人並み以上だった。子供らしいといった失敗もなく、少し擦り傷ができていることさえ珍しかったのだ。そんな彼が池に落ちるなどという失敗を起こすのだろうか? しかも頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れ。人間生きていれば失敗はあるが、どうにもルリィはそれだけのことには思えなかった。
 昨日の記憶を頭の中で整理するとやはり不可解なことだらけ。もやもやする気分で表情がどうしても曇ってしまう。
「紅茶でも飲もうかしら。ええ、そうしましょう」
 誰に告げるでもなく一人、大きな音をたてて立ち上がった。その時、同時に後ろから声がかかった。
「お姉さま、今日は今後のお時間空いてますでしょうか?」
「あら、ケイ。ええ、別になにも用事はないけれど……?」
「よかったあ! それでは雫探しと息抜きをかねてお出かけしませんか」
 パアッと花が咲くような笑顔で素直にケイは喜び、片手を差し出してきた。
「少し遠出をしてミレット山脈のふもと、シナ湖へピクニックに行きましょう」
「まあ! それは素敵ね」
 先ほどまで暗かった表情が一変し笑顔が浮かび上がる。
 ケイの息抜きという心遣いに胸を温めながら、差し出された手をそっと取った。


 ミレット山脈は昔からあり、数々のお伽話にも登場する有名な山だ。
 下のほうはなだらかな斜面が続き、草木や珍しい花も咲く美しい山だが、登るにつれてどんどん急斜面になっていく。
 上に向かうほど険しく危険をともなうミレット山脈の頂はまだ誰も見たことがなかった。
 そんな山のふもとにあるシナ湖にはとても美しく悲しい伝説が伝えられていた。

 儚く強く純白な心を持ったミレット山脈の妖精王アリア。
 ある日彼女は大怪我をして山道で倒れこんでいる旅人のシナと出会った。ほおってはおけず、アリアはシナを必死に看病する。
 そんなアリアの努力のおかげか、シナは日に日に体力を取り戻していった。同時に二人は恋に落ちていった。
 しかし、妖精と人間の恋など叶うはずもなく時間が流れ、シナ一人だけが歳をとり生涯の幕を閉じる。その死に、深く悲しんだアリアは三日三晩涙を流した。
 その涙で作られたのが、このシナ湖というわけだ。

「切ないわね……」
 太陽の光を浴びてキラキラと反射しながら輝くシナ湖をみつめて、しみじみとルリィは呟いた。
 自分も人間ではない身、もし人間と恋に落ちでもしたらどうなるのかとついつい考えてしまう。そうすると妖精王アリアの気持ちが痛いほど分かるのだ。
「お姉さまは好きな人でもいるんですか?」
 ルリィの隣に並んでシナ湖を見ながらケイはストレートな直球玉を胸に投げてきた。
「そっ、そんなのいなくてよっ!」
 ついつい語尾が荒くなる。一瞬だけ黒髪が浮かんだのは気のせいだろう。
「ふーん」
 疑うような口調でケイはくるりと一回りしてルリィを見上げる。
「な、なによ」
 ドギマギしながら視線から逃れるようにアールグレイの紅茶とそのお茶菓子、ルリジューズを用意するナイトのもとへ近づいた。
 ルリジューズとは大小のシュー生地にクリームをつめて重ねたものだ。形がとても可愛らしく食べるのがもったいないと思える。
 味には様々なものがあり、今回はベリーにチョコレート、ナッツと三つのものが作られていた。
「わあ! おいしそう」
 シナ湖周辺のやわらかい芝生が生える草原にテーブルと椅子をセットし、アフターティータイムを始める。
 ルリジューズは甘く、口の中でほろりと崩れる。シュー生地とカスタードクリーム、ベリーが混ぜ合わさって絶妙なハーモニーを奏でる。
「ああ、おいしいな」
 ナイトも柔らかい眼差しで怪我した右手を器用に扱いながらチョコレートがコーティングされたルリジューズを口に運ぶ。
 ナイト自信もなかなかの甘党なので、いつもティータイムに様々な種類の豪華なお茶菓子が用意されているのにもそういう理由があった。
 ケイも上品にナッツの降りかかったルリジューズをフォークで一口サイズに分けて食べる。
 中に入った生クリームがまたおいそうだ。
「というかお前、雫探ししなくていいのか?」
 頬がとろけそうなお菓子に舌づつみを打ちつつ、ルリィは、はっと正気に戻った。
「そうだったわ! 忘れてた」
「忘れるなよ……」
 一体ここに何をしに来たんだという目を向ける。
 ルリィは首元から紐と繋がった月光のグラスを取り出した。こういう時のためにいつも肌身離さず携帯しているのだ。
「ちょっと調べてくるわね」
 早足でその場を去りゆくルリィとその後をおうケイを見つめ、ナイトは警戒の色をにじませた。
 しかし、ケイの目的がルリィを傷つけるものではないと知っているため後は追わない。
 少しだけざわつく胸を押さえつつ二個目となるルリジューズへと手を伸ばした。


「どうですか、お姉さま?」
 シナ湖の水を月光のガラスへ数滴たらし、その反応を待ちわびる。しかし色も光もなく、期待したものは訪れなかった。
「だめだわ……」
 いままで幾度なく見てきた光景にため息をつき、ごろんと芝生に身を投げ出して寝転がった。
「大丈夫ですよ! きっと見つかりますから」
 明るいケイの声が頭上から響く。それに少しだけ勇気づけられためてた息を吐き出した。
「そうね、きっと」
 ささやくように空を見上げる。やわらかそうな雲が流れ、どこまでも続く青空が広がっている。鳥のせせらぎに温かい太陽の日差し。
 久しぶりのくつろぎだった。
「ここにきてよかったわ……ありがとう、ケイ」
 まぶたを閉じて、隣にいるケイに話しかける。
 しかし返ってくる声はいつまでたってもない。
「…………ケイ?」
 少しだけ閉じていた目を開くと、そこには真剣な顔で黙ってこちらを見るケイがいた。
「どうしたの、ケ……」
「——お姉さま」
 ルリィの声を遮る。その声は今までに聞いたことのないケイの声だった。
 静かで知性あふれた声。ケイの顔が急に大人びたものに見えた。
「ケイ……?」
 突然の変化に戸惑い、起き上る。
「僕、今はお姉さまと同じ背ですね」
 座って互いの背を測ると頭のてっぺんは同じくらいだった。
「ええ、そうね」
 いつの間に大きくなったのかとルリィは驚きに胸を染めた。
 ここに先ほどまでの幼い少年はいない。小さく可愛くなつく子供はいない。
 いるのはたった一人、少年から青年になろうとしている大人びた雰囲気をまとうケイ。
 ドキッと胸が跳ねる。
 ケイがケイじゃないように思えた。自分の知らない誰か。
「お姉さま、いや、ルリィ……」
「っ——!」
 いきなり名前を呼ばれ体が硬直する。顔が熱い。
(どうしたの私!? ケイ相手にドキドキするなんて……!)
 そっとふせられ、そして見つめてきたケイの瞳に吸い寄せられた。
「好きです」

 今だけはいつものように弟妹関係の愛情だとは思えなかった。
 なにせ、その言葉にあふれんばかりの思いが詰め込まれているようだったからだ。