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Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【16話更新】 ( No.115 )
日時: 2013/06/02 21:09
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

小鳥がさえずり、木々が音を立てて揺れる。シナ湖では水中で泳ぐ魚が時々跳ね、水しぶきが上がる。
 しかし、今は鳥の声も木々や風の音、水しぶきでさえ耳には入ってこなかった。
 聞こえるのは思いを詰めた、誠意実で甘く澄んだケイの声のみ。
「好きです」
 その告白を告げたとき、ケイは自分でも驚いていた。
(な、なんで僕、いきなり言ったんだ!? それにお姉さま、きっとまた信じてないはず……)
 ちらりとルリィを見やると、真ん丸に目を開き頬を赤く染めたルリィの姿があった。
(なっ!! ……初めて、伝わった…………?)
 自分が見ている光景に目を疑う。
 今までもっと甘い言葉をささやいたり、何度も自分の本心を言ってきたのに一度だって信じてもらえず、相手にされたことがなかった。
 その時は少しだけ、幼い頃に出会ってしまったことと自分が表に出している性格が可愛らしいものであることを呪った。
 もっと自分が早く生まれて、もっと大人だったら、と何度願ったことか。
 しかし、そんなものは叶うはずもなく唇をかむことしかできなかった。あと、自分にできるのは自分が成長するまで他の男をルリィに近づけないことや、信じてもらえなくとも「好き」を伝えることだけだった。
(お姉さまに伝わった……ああ、これだけでもこんなに嬉しいなんて)
 高揚する胸の高鳴りを押さえながらルリィをまっすぐ見た。
 ケイの視線にさらに赤くなるルリィについつい忍び笑いが漏れてしまいそうだ。
 ケイはその視線をはずさないまま、ゆっくりと微笑んだ。
「ずっと前から好きでした、お姉さま。これからも僕をそばに置いてくれませんか?」
「えっ、えっと、その、ケイの気持ちはとても有難いわ。嬉しいわよ。で、でも……ああ、ごめんなんさい、混乱しているようで頭が回らない……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。お姉さまの気持ちの答えが出るまで待ちます」
 ようやく伝わって、こんなにも共同不信になるルリィを見ていると、希望があるのでは? と、ついつい思ってしまう。
 妖精王アリアと人間のシナの叶わない思い、それがこのシナ湖に収められている。
 シナは手の届かない妖精という存在に絶望しながらそれでもあきらめきれなかった。とても愛していたから。そのためシナは最後の時まで嫁も貰わず、他の人との交際もなくアリア一筋だったという。
 そんな忠実でとても悲しい末路をたどるシナが自分と重なって見えた。
 吸血鬼であるルリィ、彼女に恋をした、まだ幼い人間の自分。そしてライバル(恋敵)もいる。
 アリアとシナのような過酷な道だが、今なら自分にも乗り越えられそうな気がした。
(僕はバッドエンドなんて認めない)
 強気な態度で決意を固めると、世界がなんだか開けた気がした。
 先ほどより、何倍も美しい光景が広がる。同じ景色なのに不思議だ。
「お姉さま、戻りましょうか? そろそろ時間ですし」
 少し冷たくなってきた風を頬に受け、立ち上がって手を差し出す。
「え、ええ。分かったわ」
 ロボットのようにぎこちなく、ルリィはケイの手を取った。そうして立ち上がり、右手と右足を同時に出してガシャンガシャンと歩く。本人は気づいていないだろうが、その光景はとても奇妙でおかしいものであった。
 その様子に我慢できなくなりケイが吹いてしまったのは言うまでもない。


「お前はどこの阿呆だ」
 ロボットウォーキングで戻ってきたルリィを見やりナイトはつくづく「馬鹿な奴」と思った。
 そうして口から出てきたのは呆れた言葉。
 その言葉にピクリと耳が動いて、ルリィが抗議してきたがそれもどことなく固かった。
 顔はほんのりピンクがつき、隣でニコニコしているケイをちらりちらりと見てはすぐに別の方向を向く。
 ケイとルリィの間に何かあったのは一目瞭然。それも自分にとってあまり嬉しくないものだろう。
「なあ……」
 なにがあったんだ? その言葉を口にしようとしたとき、なにかが喉につっかかった。
 なぜだか聞きたくない。理由はなんだかわからないが心の中に黒い雲が渦を巻いている。
「……もう遅いし、帰るか」
 言葉を飲み込み、厚い雲で覆われた空を見上げる。朝の晴れた晴天とは大違いだ。
「まあ、もうそんな時間なのね! 結局月光の雫は見つからなかったけれど……気分が晴れたわ。ありがとうケイ」
「いいえ、お姉さま。こちらこそ今日この場を借りて思いを告げることができました……さっき言ったこと、忘れないでね?」
 急に赤くなり焦るルリィを満足げに見上げるケイ。
 そんな場面に、ナイトは知らず知らずの間に目をそむけていた。

 なんだかわからないモノが胸の中で哭いては沈む。
 そして、心臓を細い針で刺すようにチクリと痛みが走る。
(だるい……)
 重たく固まった脳が思考力を停止させ、やる気さえ奪っていく。
 何年ぶりかにきた沈んだ気持ちは心地よいものではなかった。
(ケイはルリィに何を言ったんだ)
 そんな疑問が何度も頭に浮かんでは消えてゆく。考えていても仕方がない事なのにどうしても思わずにはいられなかった。
「ったく、どうしてこうも最近は忙しいんだ……ゆっくり休めもしない」
 一人、誰もいない静かな自室で呟いた。
 シナ湖から帰ってきて、時は深夜。良い子は眠りにつき、闇に巣くう魔物が動き出す時間帯だ。
 しかし、品質の良く数か月たって自分好みになったベットの中でも眠りにつけなかった。ルリィのことが頭について離れないのだ。
(カモミールでも飲むか……)
 いくら考えても答えの出ない疑問を捨て、ナイトはよく眠れると昔から重宝されてきた紅茶を飲みにベッドから抜け出した。

 台所へ紅茶を淹れに行くと、そこには質素だが立てつけのよいテーブルで本を読む意外な人物の姿があった。
「ルリィか? こんな夜遅くに何やっているんだ?」
 少し眉にしわを寄せ近づいた。
 基本ルリィは吸血鬼だが朝方なので夜は信じられないほど早い時間帯から眠りにつく。なので夜に彼女を見かけることは稀なことだった。
「ああ、ナイトね。そっちこそ何をしてるのよ」
「俺はちょっと眠りが悪くて。紅茶を淹れに来たんだ」
「じゃあ私のぶんもお願いするわね」
 暗い廊下から姿を現したナイトに目を瞬きつつ、ルリィは微笑んで迎える。今となってはなじんだ風景だが、当初はこんな動作さえもお互い緊張がはしっていた。
(慣れたものだよな……)
 いつもと変わらない会話、行動。そんな一つ一つがルリィと自分が過ごした時間を物語っているようで、なんだか穏やかな気分になれた。
「で、お前は何をしているんだ?」
 カモミールを淹れながら再び本に没頭しているルリィに問う。ルリィは本から少しだけ顔を上げ、本に目線を向けたまま答えた。
「妖精王アリアと人間のシナの伝説、それについて書いてある本があったから読んでいるの」
「ああ、今日行ったシナ湖の言い伝えか。確か悲しい恋語りだったよな? 妖精と人間が恋に落ちたが報われず人間のほうが先に命を落としたとか、なんとか」
「そうよ……でもね」
 密やかにルリィは笑みを浮かべてナイトに本のある部分を示した。
「この話にはまだ続きがあったの」
 

Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【16話更新】 ( No.116 )
日時: 2013/06/02 21:10
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

「胸が高鳴って眠れないや」
 時同じ頃、ケイも眠りにつけずベットの中で寝返りを打っていた。しかし沈んだ気分のナイトとは違い、心の中は晴れ晴れとしたものだった。
「やっと、届いたんだ」
 シナ湖でのルリィの赤面をまぶたの裏に映し出して細く笑う。今回、自分の最大の課題である「ルリィへの告白」が成功しケイは浮き足だっていた。
 残すとこわずか一日となった祖母のキューマネット夫人からのナイトへの試練。それは三日間の間でナイトへライバル心を燃やす自分自身をルリィのもとへ送り付け、ナイトの実力を測るものだったのだろう。そして自分自身もそれに協力した。
 なんせ、これは自分に与えられた機会(チャンス)でもあったからだ。憎きライバルナイトへの抹殺、そしてルリィへ思いを告げることが可能な三日間なのだ。
(きっとおばあ様は僕がこの機会をえて、試練とは別に動いてることも予想しているだろう)
 キューマネット夫人は自分の祖母ではあるが、彼女自身が使える者は駒としてつかう敵にしたくない恐ろしい人だ。
 だが同時に一割だけ自由をくれる人でもあった。その一割をどう使うかは自分次第というわけだ。
(僕はその一割をもう果たしたんだよね)
 ルリィへの告白、それが今回の目的だ。そしてそれを成功させた今、もうすっかりナイトへの敵対心は消えていた。
「ごめんなさい、おばあ様。今回の試練は続行できそうにないです。あばあ様が思うように動けずごめんなさい」
 セリフは謝罪の言葉なのに、口調はどこか嬉しさがこもっていた。祖母からもらったナイフへ向けて呟く。別に祖母へ声が届くわけでもないが、自然の言葉が口から出ていた。
 それは初めて自分が祖母の手のひらで躍らせられずに動けた瞬間だったからなのかもしれない。
「僕はもう、立派な大人なんだ」
 子ども扱いされた日々とは別れを告げられた気がした。

 やはり胸が高揚して眠れない。すこし落ち着かせるため夜空でも見ようかと窓を開けたとき、下の階の窓から明かりが漏れてるのに気付いた。
「お姉さまかな?」
 なんだか今は、その予想があっている気がしていてもたってもいられず部屋を飛び出した。
 階段を下り、明かりの漏れていた部屋を目指していくと、うすく扉が開いている部屋があった。そして思った通り扉の隙間からはルリィの姿が確認できた。
「お姉さ……——!」
 わくわくと話かけに扉へ近づくと低い声が部屋の奥から響いた。
「……ルリィ、茶が沸いたぞ」
(——あいつか!?)
 黒い髪に黒曜石の瞳を持った男が頭に浮かぶ。この澄んだ響きのよい声質はナイトのものだった。
 ルリィがナイトと一緒に紅茶を飲んでいる景色が頭の中に広がり、とっさにドアノブへと手をかけた。しかし、ケイの動きは固まったように止まったのだ。それは信じられな言葉を耳にしたからだった。
「ナイト……ずっと前から……愛しているの。…………勇敢で勇ましい人が好き、そう貴方みたいな。——ナイトは……好き?」
 ケイは耳を疑った。
 脳がこれは嘘だ、空耳だ、と懸命に訴える。しかし、今の言葉は確かにルリィが言ったものだった。
 よろよろと後ろへ崩れるように下がる。いくら頬をつねっても痛いばかりで夢にはなってくれなかった。
「嘘だろ……?」
 ケイは顔をゆがめた。そしてその場から逃げるように走って行った。

 
「さて、もうそろそろ寝ようかしら?」
 半時の間、談笑が続き、ほどよく睡魔が襲ってきた頃。ナイトとルリィは自室に戻るべく台所から出ようとしていた。
 しかし、その時耳が痛くなるほどの破損音と冷たい強風、そして一瞬にして辺りが暗闇に包まれた。
「何が起こったの!?」
「窓が割れて、そこから吹いてきた風でろうそくの火が消えたんだ。ちょっと待ってろよ」
 そういうなりナイトが台所の棚をごそごそと探る。その手つきはまるで真っ暗な中でも見えているようだった。
「……ナイト?」
 何も見えない状況で音だけが頼りの中、不安に駆られたルリィは自分の騎士の名を呼ぶ。それに答えるように明かりが再びともった。どうやら予備として置いてあったろうそくに火をともしたようだ。
「きっと嵐だ。今日は妙に動物たちが静かだったり、雲の流れがおかしかったのはこれのせいだったんだな」
「今までのは嵐の前の静けさ、だったのね」
 外でごうごうと風がうなっている。雨粒も大きく強く降り注いでいるようだ。このままだと明日には川が増水して大変なことになりそうだ。
「そういえば、キューマネット夫人が前に嵐が来るだろうって言ってたわね」
 前にナイトと一緒に大きな穴に落ちた時、奇跡的に現れたキューマネット夫人が告げていったのだ。しかし、その後ケイが訪問して来たり雫の件などで忙しく、すっかり忘れていた。
「ちょっとケイの様子を見てくるわ」
「分かった。俺は壊れた窓の補強、それから雨漏りがないか調べてみる」
「お願いするわね」
 そう言うなりルリィは上の階にいるであろうケイを探しに向かった。
「ケイ、ケイー、いたら返事をして頂戴」
 上の階も同様、廊下にともされていた火が嵐によって消え真っ暗闇だ。しかし、多少は暗闇に目が慣れてきたルリィは壁に手を当てながらも速足でケイの姿を探す。
「ケイ、ケイ……? いないの、ケイ!?」
 いくら探してもケイの姿は見当たらない。ケイの部屋にも他の部屋にも、下の階のもケイはいなかった。
「どこに、いったの……?」
 血の気が引いていくようにルリィはその場にしゃがみこんだ。外は雷までうなり始め、今はとうてい外出できるような状況じゃない。だが——
「ルリィ! おい、しっかりしろ! ルリィ」
 小刻みに震えだす手を必死に抑え、うずくまっているとナイトが近寄ってきた。
「ナ、イト……ケイが、ケイがいないの!! もしかしたら、外に……!」
 最悪の光景が頭の中を駆ける。川の中で溺れているケイ、雷に打たれて倒れこむケイ、山の土砂崩れに巻き込まれて……——
(嫌、嫌、いやいやいやいや——)
「ルリィ!!」
 乱暴に体を包まれ、ナイトの温かい胸の中に抱き寄せられた。もうろうとしていた景気が戻ってくる。ナイトの体温はとても安心するもので、ルリィの心の中はだんだん落ち着いていった。
 治まったルリィの震えを確認し、ナイトはルリィの瞳をしっかりと見やった。
「俺が探してくる。ルリィ、お前はここにいろ」
 そういうなりナイトは館を飛び出してった。
 ルリィは再びナイトの温かさが消え寒くなった体を自分自身で抱きしめ、ナイトの跡を目で追った。

 試練残り一日

 狼と猫は嵐の中へ放り出される。はたして無事に帰ってこれるのか……。