コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【18話更新 参照800突破】 ( No.140 )
日時: 2013/06/15 10:01
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

稲妻が駆け抜け、目の前で大切な人を奪っていった。その光景はまるで悪夢でも見ているようなフワフワしたもの、だがそんなの一瞬で現実に引き戻された。
 重たい石が肩に圧しかかり水気を含んだ服が肌に吸い付く。髪はいつもより跳ね、あらゆる方向へ向かってた。
 だが、そんなものを一切気にする余裕はその時のケイにはなかった。
「……あ、ああ、嘘だ。嘘だ!ナイト、ナイト、ナイトー!!」
 無我夢中で初めて信じた友の名を呼ぶ。
 そこらの草陰からひょこっと顔を出してくれないかと切実に願った。しかし、ナイトの姿も気配も一向になく残った灰は無惨に闇の中へ飲まれていく。
「出てこいよ……お願いだから、出てきてくれよっ! お前、図太いだろう。俺がいくら殺そうとしたって死ななかっただろう。だから、今も死んでないだろう……? なあ、なあ!!」
 洞窟の外へ向けて叫ぶ。傷ついた足を引きずって、どうにか出口へと向かった。
 外はまだ雨と雷が行きかい息をつく暇さえ与えない有り様だ
「一緒に帰るんだ、お姉さまのもとへ帰ろうよ……それに、僕、まだお前に…………——〝友達になりたい〝て伝えてない」
 その場に崩れこむようにケイは座り込んだ。固い地面と雨粒が体の体温を奪ってく。
 その時、走馬灯のように過去の記憶が頭をよぎった。


「お母さん、お母さん、どこへ行ってしまうの?」
「ケイ……ちょっと町までお買い物に行ってくるよ。ケイはまだ子供なんだから家でお留守番」
「やだよ! 僕も行く。行きたい」
「ケイ、我慢して。お願い。きっとすぐに帰ってくるから」
「…………わかっ、た。でも約束だよ! 絶対に早く帰ってきてね!」
「ええ、分かった。——ケイが大人になるまでには戻ってくる」

 これが母との最後の会話だった。
 今思えば、あの時の母の表情も言葉もおかしかった。顔は切なげで今にも涙がこぼれそうだったし、確かに「大人になるまでには戻ってくる」と言ったのだ。
 その時は気づかなかったが、それが母との別れであった。
 父は自分が幼い頃に他界している。その中、親がいなくなり一人となった時に引き取ってくれたのがキューマネット夫人、つまり祖母だった。
 
「僕はもう大人だよ。子供じゃないから帰ってきてよ……もう、一人ぼっちは嫌だよ……!」
 洞窟の中に声が響き渡る。それは悲しく、そして無惨なほど美しく反響した。
「ウォーン」
 狼のような遠吠えが脳内を走った。一瞬幻想かと思ったが連発してまた、遠吠えが聞こえてくる。
 それもだんだん音が大きくなっていくのだ。
(こっちに狼がきてる!?)
 こんな場面で、しかも足を負傷している今、狼を相手に対峙する体力はもう残っていない。
 きっと今の自分にできるのは洞窟の奥に隠れて息を殺すことだけだ。
「くそっ、なんでこんな時に!」
 本当に自分はつくづく運がついてないと思った。大事な人が目の前から消えてから数分足らずで次なる不幸が襲ってきたのだ。
「今はともかく隠れて見つからないようにしよう。見つかったら大変だし…………——!!」
 後方転換をし洞窟に戻ろうとしたとき、闇の中、金色に光る鮮やかな瞳と目があった。どんなものでも嗅ぎ付ける鼻、尖った耳、肉を引きちぎるための牙。「狼」まさしくそれだった。
「まさか血のにおいで……?」
 無理やり動いた反動で足の傷がまた開いて血がにじんでいる。きっとこの狼はこんな微かな匂いを嗅ぎつけてきたのだろう。
「結局、僕は誰一人心から信じあえたものはいないのか。大事な人は僕を置いて去って行ってしまう……もっと、もっと人を信じてみたかったな。そしたら今がちょっとだけでも変わってたかもしれない」
 草木の香る庭でおいしく紅茶やお菓子をつまんで談笑する風景がまぶたの裏に浮かぶ。そこにはルリィとナイト、そしてお母さん。
「そんな未来だったら」
 ——どんなに幸せだっただろうか。
 今にも襲い掛かってきそうな獰猛な狼を目の前に、ケイは死を覚悟した。
 自分にはもう、戦う体力も術も力もなかった。ただ静かにその一瞬が通り過ぎるのを待つのみ。
(バイバイ、そして……——ありがとう)
 頬をひつ雫の涙がつたった。それは今まで流した悲しみの涙の中で一番温かいものだった。
 一歩、一歩狼は慎重に近づく。まるで一飲みに食らう時を待っているかのように。そしてついにその距離がたった数センチとなった。固く目をつぶる。そして狼が一気に加速しその大きな口を開いた——。
「くぅん」
 場の空気が止まり、ケイは固く閉ざしていた眼を開ける。するとそこにはまるで背中に「乗れ」と言っているようにケイへ背中を見せた狼の姿があった。
「は……?」
 開いてふさがらない口から言葉がもれる。緊張の糸は切れ、喉がカラカラだった。
「夢を見ているみたいだ」
 ナイトを信じてみようと思ったこと、ナイトが雷に撃たれたこと、そして狼がまるで自分を助けるように今、背を向けていること。
 すべてが夢で嘘かと思った。しかし、足の痛みはさらにひどくなり現実だと脳内に鳴り響く。
「僕に乗れってか?」
 そう狼に向かって問うと狼はこくんと一つ、首をかしげた。
 その時、そのまなざしがどことなくナイトと重なって見えた。すると不思議なことに恐怖感もなくケイは自分の倍はありそうな狼の背に乗っていた。


 それから数刻、狼の背にまたがり傷ついて歩けない足をかばいながらも山道を下った。狼のほうは一直線に、まるでそこに見えもしない目印があるかのようにルリィの館を目指し走った。
 着いたころにはすっかり嵐が止み、残っているのは飛ばされ破壊させたガラクタと草木の山。
「お姉さまっ!」
 館の前でナイトとケイの帰りを待っていたルリィのもとへケイは狼の背を下り、一目散に駆けて行こうとする。
 しかし、傷ついた足が上手く動かずその場に倒れそうになった。それを同時に駆けてきたルリィがふんわりと抱き留める。
「ケイ、よかった……無事で何よりだわ。お願いだから、もういなくなったりしないで。貴方は私の大事な人なの」
「お姉さま……」
 ケイを痛いほどの力で抱きしめるルリィ。ケイは胸の中で何かが崩れてほころんで溶けた気がした。
「もう、いなくならない。約束するよ、絶対に」
 必要とされることは何よりもうれしい。相手に信じられ、自分も相手を信じる。それはなんて素敵なことだろうか。
「……っ! ナイトが!」
 幸せの余韻に浸っている場合ではなかった。
 ルリィの服にしがみつき必死の形相でナイトが雷に撃たれたことを伝えようとするとふいに聞き覚えのある声が聞こえた。
「ったく、ボロボロじゃないか」
 めんどくさそうに呟く声、低く静かで透き通っていて、自分が初めて素で話し合った相手の声。きっと一生忘れることない声だ。
「ケイ、無事だったか」
 ケイは信じられない気持ちで声のした方を振り返った。
 そこにはあちらこちらに葉っぱをつけ少しボロボロになったナイトの姿があった。めずらしくストレートな黒髪も跳ねている。
「ナイトー!!」
 ケイはその場を思いっきり踏み込んでナイトに飛び込むように抱きついた。
「おっと。なんだお前、元気だな」
「生きてたんだな! やっぱり僕が思った通りお前は図太かったんだ。殺しても死なないんだな!」
 キラキラと光る瞳でケイはナイトを見やった。ナイトもどこかもの言いたげだが、やさしい目でケイを見つめ返した。

 いつの間にやら、ケイを運んできてくれた狼は姿を消していた。

Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【18話更新 参照800突破】 ( No.141 )
日時: 2013/06/15 10:02
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

「お世話になりました!」
 45度にケイは頭を下げる。それにルリィは微笑んで「また来てね」と手を振った。
「この三日間いろいろ迷惑かけましたが、そのおかげでたくさんのことが学べました。人を信じること、人に自分を見せること、そして大切な人が目の前にいる幸せを」
「おお、いいことを学んだねぇ……ひっひっひ」
 キューマネット夫人が細く笑う。
 あれから丸半日、ケイを迎えに来たキューマネット夫人の手を借り館をもとに戻したりケイの怪我の手当てをしたりなど慌ただしく過ごした。
 ナイトは奇跡的に雷を交わした末、その反動で転がり草の陰で見えなかった崖へと転落。それほどの高さはなかったものの少しの間、意識が朦朧(もうろう)としてたためケイの応答に答えられず、その後ケイの行方を捜しつつも山を下りてきたそうだ。
 大きな怪我もなく擦り傷がいくつかできている程度だった。
「そういえばお姉さま、ナイトに告白してましたが返事はどうでしたか?」
 ケイは一思いに自分が館を飛び出した原因となる、ルリィからナイトへの愛の告白の返事を聞いてい見た。本当は聞くのさえつらいことだが今は多少なりとも心穏やかに聞けた。
(この男なら、ナイトならお姉さまを任せても問題はなようだしな)
 上から目線でナイトに評価をつけるが、この評価はケイにとって最高得点だった。
「……? こ、告白ー!? 何よそれ、知らないわ!」
 ルリィがすっとんきょんな声を上げる
「なんだルリィ、いつ俺に告白したんだ?」
 ナイトはどことなくそれを面白がりながらも本当にそんなこと知らないような顔で首をかしげた。
「え? だってお姉様が昨夜、台所で『ナイト……ずっと前から……愛しているの。…………勇敢で勇ましい人が好き、そう貴方みたいな。——ナイトは……好き?』って言ってましたよね?」
「なによ、その熱烈な告白!? 私は知らないわ!」
 首がちぎれんばかりに大きく横に振る。どうにも嘘をついてるようではないらしい。
「じゃあ、あれはいったい……?」
 頭の中でクエッションマークが複数浮かんだ。告白が本当じゃなくて嬉しいという気持ちよりもあの言葉がいったいなんだったのか気になる。
「もしかしてそれ、伝説の続きじゃないか?」
「伝説の続き?」
 ナイトが突然ひらめいたような言葉にケイは眉をひそめて聞き返した。
「ああ、ミレット山脈にあるシナ湖の悲しい悲劇の伝説あるだろう? でもそれには続きがあるってあの時話してたんだ」

「続き?」
「ええ、続き。あれは本当は悲劇なんかじゃないのよ」
 ルリィが指差した本の一部に目を向けてみる。
『——妖精と人間という壁がある、叶わない恋をしたアリアとシナ。その後アリアを想って数十年を過ごし空へと昇っていたシナですが、アリアが悲しみのあまり流した妖精王の涙により空から引き戻され、再び命をその体に宿します
 ですが完全には結び付かず浮幽霊のようになりました。そのおかげかシナは当初の凛々しく若い青年へと戻り、アリアも三日三晩泣いて湖を作ってしまうほどの涙を止め、二人は末永く幸せになりました』
「まるでとって付けたような話だな」
 ハッピーエンドで終わるその話にナイトは冷静な感想をつけた。
 ルリィも肩をすくめ同意の意思を示す。しかし優しく文字を指でなぞって微笑んだ。
「終わりはどうだが誰にもわからないけど一つだけ確かにわかることがあるわ」
 本を閉じて胸に抱きかかえる。まるで壊れ物を扱うようにふんわりと。
「それはねナイト、アリアはシナが年をとってもずっと前から愛し続けたし、シナもアリアを生涯の中で深く愛しているの。きっと二人は強い愛で結ばれていたのね……そうそう、もう一つ分かることがあったわ」
 ルリィは優しい瞳と打って変わっていたずらな笑みを浮かべる。
「アリアは勇敢で勇ましい人が好きだったのよ。この本にはシナのことがよく書かれていてアリアの好みも書かれている。シナは料理も得意だったそうね。そう貴方みたな料理の腕前」
「ふーん、いろんなことが書かれてるんだな」
 少し感心したようあいづちを打つ。
 もともとお伽話のような伝説だから実際昔あったことかも分からないが、こうして深く語られている本を見るとどうにも真実味が沸いてくる。
「アリアは優しくて朗らかで男性が守ってやりたいって思うような女性だったそうよ」
「まるでお前と正反対だな」
「なによ! 私は守らなくても大丈夫なほど丈夫な女性だというの!?」
「え、違うのか?」
 ナイトはからかうように笑う。ルリィはその態度に胸に抱えた本を投げてやりたい気持ちになった。
 そんな衝動をこらえ、ふと、なんだか胸につかかった物に気づく。
「ねえ、ナイト」
 それがなんだかわからず、思いのまま口を開いた。
「ナイトはアリアのようなか弱くて可愛らしい女性が好きなの?」
 なぜかその言葉がズキンッと胸に刺さった。

「そうだったんですか!!」
 ケイはパアッと笑顔になってルリィに詰め寄る。ルリィも変な誤解が解けたことに苦笑しながらもうなづいた。
(そうだったのか! じゃあ、僕はまだフラれていないってことか!)
 一人突っ走って周りを見ようとしなかった自分を悔やみつつ、胸を歓喜で踊らせた。
(じゃあ、まだ好きでいていいんだ)
 再びナイトをライバルに認定する。しかしそれは当初の刺々しいものではなく好意的だった。
「本当にありがとうございました」
 ケイはまた頭を下げる。さすがにルリィも困ったようにケイの顔を上げさせた。
「私も今回はいろいろあったけれど楽しかったわ、ありがとう。ね、ナイト?」
「まあ、そうだな。めんどくさくて我儘な子供ではあったが張り合いはあった」
 ルリィに見えない位置でケイが隠し持っている短剣を指さす。ケイはくすりと笑って笑顔を返した。
「まあ、また次の機会にでも決着をつけたいですね」
 二人、無言の笑みで会話をする。ルリィは一人、首をかしげた。
「別れというのは辛くはあるが、それもまた次に会う時の幸せを倍にする悲しみ。そろそろ、な?」
 キューマネット夫人はケイとナイトを交互に見やり、最後にルリィの手を取る。
「お前さんは結構筋の通った奴を見つけた。ケイがこんな風に笑うのを見たのは何年振りかだからねぇ。ああ、それとナイトという奴、さっき言ったケイの「次の機会には決着をつけたい」とかいうやつはな、『また会いたい』ていう意味も含まれてるんじゃよ。ひーひっひっひ」
「——なっ、おばあ様!」
 途端、ケイは頬を染めてそんなことはないと否定し始める。しかしその否定は温かい目で見守られた。
「……〜っ。と、とにかくまた会う日まで!」
 顔をさらに赤くし、照れる心を隠しながらケイは背中を向けしっかりとした足取りで家への道を歩み始める。
 夫人はそれがとても温かく、嬉しい歩みに思えた。
 もう、ルリィの館に来る前のケイはいない。誰にも素を表せず恋というものだけに執着する者はいない。信じようとする心を持っていない者はいない。
 そこにいるのは、信じようと思える友としっかりとした心をもったケイだけだった。
(あの男のお陰で変われた、か……)
 もともと細い目をもっと細めてケイを見つめる。まるで眩しいものを見るように。
(第二試験、合格じゃね。ひっひひー)
 どこまでも続く空は、真っ青だった。


 ケイは一人、高い高い空に向かって叫ぶ。
「ナイト、見てろよ。もっともっと大きくなっていつかはお前より素敵な男になってやる」
 そして力強く拳を突き上げた。
「お姉さまー!絶対に僕に惚れさせてやります!! 覚悟しててくださいね」


 猫と狼、その尻尾をからめ合う、のではなく優しく胸を張って見つめ合う。
 その関係は、そう「友」というもの。


(3章 それは恋の試練 おわり)