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Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【三章 最終話更新】 ( No.149 )
日時: 2013/06/22 08:27
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

四章【厄介な秘密情報部】

「そろそろ来るころかしらね? ふふっ楽しみだわ」
「悪魔のよな笑みですね。引きます」
「あらあ、ひどい。とろけるような小悪魔の笑みって言ってほしいわ」
「どちらも同じじゃないですか。後者の方が気色悪いですし」

 ミレット山脈を越えたその先。そこは活気栄えた王国が広がっている。
 王国のシンボルでもある獅子の描いてある神々しい旗が所々にゆらめき、小さな子供の遊ぶ声、おいしいと有名なミートパイを売る店主の元気な声、ラッパを吹く合奏団の音色、人ごみの中をゆっくりと駆ける馬の蹄、さまざまな音で溢れかえっている。
 王国の都市は今日も平和でにぎやかだ。平民から高貴な者まで階級関係なく通ることの許された、都市のど真ん中をつっきる石畳の道は多くの人が行きかっている。
 その道をまっすぐ進むと巨大で美しい城が建っている。城は白壁で覆われ所々には純白や金銀が使われており見たものを圧倒した。
 その城付近で売っている新鮮さが売りのリンゴ屋の前で二人の男、いや二人女、どちらか分からないややこしい二人組が密やかに話していた。
 一方は男のようだが女性特有のしゃべり口調、もう一方は男性服に身をつつんだ凛々しく毒舌を吐く女性だ。どことなく浮いている二人、しかしその二人を一番浮かせている理由は誰もが目を止める美貌だった。

「これにも載ってない、これも載ってない……どこよぉ…………どこにあるっていうのよー……」
 ルリィは力なく持っていた本を横に置いた。身の回りは本のタワーが出来上がっていて自分よりも背が高い。ざっと千冊は超えるだろう本達が乱雑に並べられ今にも崩れそうだ。
「片づけながら探せよな。本にのまれて埋まってても助けてやらないぞ」
 ナイトが本に埋もれ隠れてて姿の見えないルリィに向かって呼びかける。その呼び声に答えるよう、何個かの本タワーがどかされ本の持ち主であるルリィが現れた。
「だってナイト、見つからないんだもの」
「3日この図書館の中でねばってもか? ここには三千冊以上の本があるから見つかるって3日前は胸を張って得意げな顔してたのに——」
「あーあ! それは言わないで、忘れて? いますぐ忘れてっ。結局見つからないのよ。『月光の雫』の在り処も情報も」
 肩を落としてルリィは床に目を落とす。
 一度、ケイと協力して調べたときはある古書からたった一文「月光の雫は必ず清らかな水である」ということが分かった。清らかな水、つまり汚れていな物や新鮮な川水などさまざまな液体を試したが一向に効果は出ず、八方ふさがり状態だ。
「最後の手は本からの情報だったのに……」
 重々しくルリィは息を吐いた。それは今まで三日間探して疲れた息と憂鬱な気分がまざった大きなものだった。
「ほら、おつかれ」
 そういってナイトは手に持っていたまだ温かい紅茶を差し出した。その優しさはルリィを心なしか涙目にさせる。そっと紅茶に口をつけると口の中にローズの香りがパアッと広がった。そして本気で涙を流す。
「そういえばもう長い間ドタバタしててバラ園にも行ってないわ。きれいに咲き誇っているかしら、私の愛おしいバラ達……」
 一週間近く目にしていない悲しみと疲れも加わってめずらしく涙が頬をつたった。
「あ、ルリィ涙は試したのか?」
「ああ!」
 ナイトの言葉にルリィは足元に散らばった本をさらに蹴散らしてすごい勢いで月光のグラスを自分の頬に当てる。
 涙が一滴、月光のグラスの中に納まった。ポツンと音もなく雫は重力に従うまま落ちる。
「……どう?」
 グラスに穴が開くんじゃないかというほどルリィはグラスを見つめたが、変化は一向に起きず涙は蒸発してしまう。
「はあああああ…………」
 先ほどよりも大きいため息をついた。その様子にナイトは、今日の晩御飯はルリィの大好物の鷲にすることを決めた。

「旬の野菜を詰め込んだミネストローネ、脂ののったベーコンにパリパリのレタス、それを乗せるバターを練りこんだクロワッサンとフランスパン」
 今夜の晩御飯のメニューだ。
(本当にナイトはなんでも作れるのね)
 毎日違ったメニューの晩御飯はとても魅力的だった。今まで肉や血を好んで食べていたがナイトが家に来てから毎回がごちそうのように豪華でおいしそうだった。
 その誘惑に負け、ルリィもナイトと一緒にあまり食すことがなかったものでも食べるようにしてみた。それからというものナイトの料理に惚れ、虜になっているのだ。
「そしてメインディッシュはガーリックと黒こしょうで焼き上げた鷲のステーキ」
「わあ! 私の大好物だわ!」
 ルリィは子供のように満面の笑みで笑った。それにナイトも口の端を上げる。
「そんなに喜ぶなんて食い意地はってるな」
「そっ、そんなことないわよ!」
 怒りながらルリィはフランスパンに手を伸ばす。
「確かにお肉は好きだけどこういったパン類も好きよ。特に香ばしくて外はカリカリ、中はふんわりのフランスパンなんかは……——!」
 ルリィがいきなり音を立てて食卓から立ち上がった。
「おっと、危ない……」
 倒れそうになったパンのバスケットを押さえ、ナイトは眉をひそめてルリィを見やる。だがルリィは視線に気づかずにバンッと机をたたいた。
「あるわよ!」
「……なにが?」
 ルリィから少し身を引いた。ルリィは片手に持ったままのフランスパンをナイトに突きつける。
「月光の雫を見つける方法!!」

Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【三章 最終話更新】 ( No.150 )
日時: 2013/06/22 08:16
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

「ほらほら来たわ、キャッツちゃん。あたしの思ったとーり」
「ちゃん付けはやめてください。寒気が走ります」
 窓の外を見つめ笑う上司に、部下であるはずの彼女は容赦なく冷たい言葉を浴びせる。
「ねえ、分かってるキャッツちゃん? あたしは上司」
「わかってますよ、変態なおネエ上司だって」
 毒舌を吐く彼女はさっぱりとしたショートカットで闇の中でも月にあたって光る銀髪、瞳は冷えた色のキャッツアイ。身長は高いがウエストは細く足が長いせいかモデルのようにすらりとしていてどんな服でも似合いそうだ。
 しかしそんな彼女が好むのは男性の服だった。動きやすい生地の皮ズボンに真っ白なシャツ。胸に光る複数のバッチは美しく、首元を占めたネクタイは紺色でとてもよく彼女に似合っていた。
 彼女だからこそ着こなせる服装だ。その姿は凛々しく洗礼された騎士のようだった。
「はあ、キャッツちゃんは美人さんなのに男装なんてもったいないわ」
 男装を好む部下の彼女に上司はせめてものおしゃれとして紫陽花色の真っ青なイアリングを送って身に着けてもらっている。
 それが唯一女性を引き出す部分だった。
「おあいにく私はフレル様のようなご趣味ではないので。そんなきらびやかな衣装来たら四六時中目が痛いですし。あー目が痛い。どこかへ行ってくれないですかねー」
「ちょっと、最後のほうあたしに消えろって意味!? それにとても棒読みなのが気になるところなのだけど」
 感情豊かに赤い髪をゆらす男性、いや心は乙女の彼は生意気な部下を持って今日の今まで毒舌に耐えてきた自分を褒めてやりたくなった。
 ちょうどその時、玄関のベルがかん高く鳴る。
「はい」
 部下は自分を褒め中の上司を置き去り、玄関へ向かう。
「はい、ここは秘密機関捜索情報本部。なに用で?」
「フレル・パレドールに会いに来ました」
 鈴のなるような声だ。高くて可愛らしい声。
(若い娘? しかも妖艶な紫の髪……)
 目の前に現れた来るはずのない少女に内心驚く。ここは秘密機関捜索情報本部という自分と上司の二人しかいない部署だ。
 簡単に説明すれば国の極秘秘密をあつかう非常に重大な部なのであまり客人はこない。
 来るとすれば国王か貴族関係の者と……
「フレル様、愛人ですか? 今回はまた幼くて可愛らしい方を選びましたね」
 冗談に聞こえない、いや、本人に至ってはまったく本気の言葉を上司であるフレルに向かって言う。
「えー愛人なんてあたし最近は作ってないわよ? それにあたしには心に決まった人がー」
 うさんくさい事を言いながら女性のような歩き方で歩いてきたフレルは玄関に立つ少女を見て目を丸くした。
「まあルリィ、5年前と変わらず。本当に変わらず……うらやましいわ」
 最後の言葉は小さくポツリとつぶやかれた。本音なのはばればれだ。
「フレル様、お知り合いですか?」
 キャッツはフレルとルリィと呼ばれた少女を見比べる。
 特別な性癖を持った上司と上品な少女に接点はまるでないように思えるが、どうやら昔からの知人のようだ。
「とりあえずお入りください。上司の爆発的な香りの香水は、消しといてますので問題はないと思います」
「あら、ローズの香りが分からないなんてまだまだキャッツちゃんは子供ね」
「殴りますよ、蹴りますよ」
 子供、その言葉を聞いた途端彼女は体から上司に向かって殺気を放った。その様子にルリィは困ったように眉を寄せる。
「あの……」
「ああ、すいません。どうぞ、こちらにおかけなさってください」
 放置していた客人を思い出し丁重にキャッツはもてなす。フレルの愛人ではないと分かり親しみが湧いた。
 ルリィが部屋の中に入ってくると今まで見えなかったもう一人の人物が部屋の中に顔を出した。
「あなたは?」
「俺はナイトです。まあ、ルリィの付き添いでとでも思ってくれれば」
「分かりました」
 どことなくキャッツの声はそっけない。それは全てこの上司のせいだった。上司が自分にとって有害である男だあり、そんな上司と3年間任務を果たしながら過ごしていると男性と言う生き物が信じられなくなってくるのだ。なので初対面のナイトであってもルリィに向けた笑顔は見せなかった。
「あら、いい男」
「……」
 突然のフレルの言葉にナイトは表情を硬ませる。
 それもそうだ。初めて会った男に上目づかいで言われたのだから。
「気色が悪いですよ、フレル様。気分がものすごく悪くなります。ああ、フレル様とは違う空気を吸いたい」
「キャッツ、あなたやっぱりあたしにどこかへ行けって言ってる?」
「いいえ、言ってませんよ。多分」
「多分って!?」
「ふふっ」
 言い争う二人の隣から笑い声が漏れた。ルリィが二人を見上げながら笑っている。
「すいません、ちょっと嬉しかったもので」
「嬉しかった、ですか?」
 キャッツは首をかしげた。
「ええ、嬉しかったんですの。ね? フレル?」
 意味ありげな顔でルリィはフレルに笑いかける。フレルは一瞬「覚えてろよ」というようにルリィをにらみつけた後、それを隠すように「なんのことー?」と笑った。
「それよりルリィ、今日は何のようなの」
 話題を変えるようにフレルはルリィを席に着かせて肘をついて問いかけた。おネエだが整ったその顔はかっこよくて美しい。腰までの長い髪がサラサラとほころんだ。
「今日は一つお願い事があって。貴方、月光の雫って知ってる? 知ってるのなら在り処を教えてほしいのだけど」
 懇願するようにルリィは身を乗り出した。
 昨晩の夕食時、フランスパンからフレルを思い出したは偶然だった。彼は秘密部に属しているということからかなり情報に詳しい。藁にでもすがりつく思いで5年前の友人に会いに来たのだ。
「ええ、知ってるわ」
 フレルは特に驚きもせずにっこりと答えた。その言葉にルリィの表情に花が咲く。
「本当に!? 教えて!」
「条件があるのよ」
 意気込むルリィをよそにフレルは冷静に対処する。ただでは情報を渡さないところが彼の意地悪なところでもあり有望なところだ。
 キャッツは前々からなぜ彼がこんな重要な部に派遣され、しかも上司という立場になったのだろうと思っていた。彼がここまで上りつめた理由、きっとそれはこのメリット・デメリットを瞬時に定める的確な脳と相手を惑わせる本人自身の性癖のお陰だろう。
(一つくらい人は役に立つことがあるってことですね)
 上から目線でキャッツは納得していた。
「やっぱり一筋縄ではいかないわね……条件があるぐらいわかってるわ。で、どんな条件なの?」
 覚悟してきた眼でルリィはフレルを見やる。フレルは口元をゆがめ今日一番の爆弾発言をした。


「——そこの良い男、ナイトくんを貸して」