コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【21話更新】 ( No.164 )
- 日時: 2013/07/06 23:55
- 名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)
「ちっ。あの女装趣味野郎、次会ったらあいつの燃える長い赤毛を短くしてやる」
吐き出すようにナイトは鋭く舌打ちした。普段はこんなことをしないが、今は早くルリィを助けたいという気持ちで口調が乱暴になっていた。
「いるのか」
暗闇に向かって話しかける。何かがもぞもぞと動いた気配がした。その大きさは裕にナイトを超えるもので熊のような大きさだ。狼の発する威圧に身構え、ナイトはいつでも動けるように腰をかがめて目を凝らした。
「自然に生きる動物を傷つけるのはいい気分はしないが、こっちにも守りたい奴がいるんでな。手加減はできない」
ナイトは始め、どうにか狼を傷つけづに済めばよいと思っていた。しかし状況が変わった今ではそんな甘いことは言ってられない。
グルルッと狼は唸り声を上げる。その場を動かずナイトを敵か味方か見るように警戒しながら見つめてきた。その眼は冷えていてぞくっとするような猛獣の怖さがあった。一向に狼の動く気配が見えないのですかさず自分から駆け出した。腰に巻いたベルトから短い折り畳み式のナイフを出すが果物などを切るような食用ナイフのため刃がうすかい。これでは、毛におおわれた皮膚の固い狼にはかすり傷程度しか与えられないだろう。
しかし、ナイトの目的は狼をナイフで切ることではなかった。
熱い息を吐く狼の横を飛ぶように駆ける。その仕草は身軽ですばやかった。狼がナイトを目で追っているとナイトは高く上に飛び、洞窟の天井に頭がこすれるかギリギリのところでターンし天井を強くける。そうすることによって落下の速度も威力も倍になった。この威力のまま狼にナイフを突き刺せば重傷を負わせることができるだろうがナイトはそうしなかった。狼との距離が紙一重のところで狼の首元、急所にナイフをあて、風が通るようにさらりといくつかの毛をそぎ取った。そのまま体制を直すとある程度の距離をとってナイトは地上に足をつけた。
「お前の負けだな」
削り取った数本の毛を掲げナイトは冷たく言った。目の前の狼は普通の狼とはやはり違かった。ありえないほどの大きさに赤く血走った眼、さかだったブロンドの毛並みにあたまから黒く光る角が生えている。きっと肖像画などに可愛く収めてしまえば見る者を圧倒するような神秘さを放っていた。一つ勘違いしたら神からの使いのようにも見える。しかしその神秘さを壊していたのはナイトに刈られた首元の不格好な毛だった。
グルルルルッとまた不気味な鳴き声で口からよだれをたらす。そしてゆっくりと歩を進めた。静かに近づいてくる姿は襲い掛かるタイミングを見計らっているようで逃げなければ危ない状況だったがナイトはその場を動かない。ナイトの目にはわかりきったような強気な色が眼に映っていた。狼が一歩一歩と近づく。そしてナイトの目の前に来たとき動きを止めて真っ直ぐにナイトを見つめた。ナイトも狼を見つめ返す。しばらくの間無言で見つめ合ったが先に動いたのは狼だった。襲い掛かる
——のではなく狼は頭を下げた。
「利口だ」
褒めるようにナイトは狼の頭を投げる。狼は襲うでも牙を向けるでもなくされるがままに静かに座り込んだ。
(狼は気高い動物だ。そして忠誠心がつよいものでもある。だから自分の急所を取られたら自分より強い者だと認識して従う……っていう一か八かの賭けはあってたんだな)
面には出さないがナイトは安堵の息をついた。とっさに思いついた狼の習性を裏手に取った作戦はどうやら上手くいったようだ。目の前の狼はすっかり自分に服従している。
ナイトは結局狼を傷つけずに済んだことに安心し、わしゃわしゃと狼の頭をなで続けた。そうしても狼は全く動かない。むしろじゃれつく大きな犬のようだ。
「ちょっとだけ俺に手を貸してくれないか?」
頭をなでるのをやめ、ナイトは食用ナイフを遠いところに投げやると手を差し出した。狼は静かな赤い目で「あたりまえ」というようにその手に自分の鼻を乗っけた。尻尾は穏やかだか確かに小さく揺れていた。
狼の背中に乗って洞窟の中を駆け抜ける。洞窟の奥は巨大な迷路のようだった。どこへ進んでも硬い石と冷えた空気が包む世界。それはゆくあての矢印がない閉ざされた個室のように感じた。
「これだけ走っても答えが一つもない……か」
とにかく逆戻りもできないのでナイトは洞窟をフレルの指示通りに進むことにした。しかし、どの道を行っても結局は行き止まりやもとの道に戻ってきてしまうのだ。どれも同じ風景ばかりでナイトの頭内の方位磁石はとっくのとうに狂っていた。
「お前もこの冷えた迷路のような洞窟じゃ、範囲が広すぎて鼻が利かないか……?」
「くぅん……」
狼は役に立てないのをしょげるように頭を下げた。それにナイトは困ったように微笑んで背中をなでてやる。
「すまない。お前は十分に助けてくれてる。こうして俺を乗せて走ってくれるだけでもありがたいんだ」
その言葉に狼は落ち込みからすばやく嬉しそうに耳を立てた。出会ってからほんのひと時しか経っていないがナイトと狼はすっかり仲良くなっていた。どこかお互いとも同じにおいがするのを感じ取っていたのだ。
ナイトは疲れたように、もう何度見たか分からない風景を見つめた。進んでも進んでも変わらない。なら、どうするべきか——
「ん?」
立ち止まって考え込んでいると足元から冷たい冷気が上がってきた。しかし、それにどこか違和感を覚える。
「ゆるく細いが……風が吹いている……?」
洞窟は閉鎖できな場所で奥に行くほど風が吹くことはないが、ナイトは確かに風の流れを足に感じた。
「そうか……」
小さく呟いた。そして自分の隣で忠実に付き添っている狼を見た。正確には狼の角を。
「お前ならできるかもな」
自然と心の中で思った言葉が漏れていた。それに狼は「何のこと?」と首を傾げたか、次には胸を張って尻尾をぶらんと揺らした。
それはまるで何もわからないのに「任せろ」と言っているような狼の強気が見えた。
遠く、離れたところから仲の良くなった狼とナイトを見つめる小さな石ころがあった。誰も眼に留めないであろうささいな石だ。しかしその石はコテンッとナイトたちの後を追うように転がり出した。
「体力・知力・身元、こりゃまた素晴らしい方ね」
「ええ、長官より優れている気がします」
「あらー、なめてもらっちゃ困るわ。あたしが若い頃には赤い獅子なんて呼ばれるほどすごかったんだから。キャッツちゃんも存分にあたしを尊敬していいのよ?」
「誰がしますか。それよりルリィさんは丁重に扱ってるんですよね? じゃなきゃ殴りかかります」
綺麗な女性の声と甘ったるい男か女か分からない声がどこからともなく響いた。しかし、ナイトがそれに気づくことはなかった。
なぜなら、その声の主は石ころの中にいるようなものだったからだ。