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Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい ( No.18 )
日時: 2013/04/04 15:49
名前: 妖狐 (ID: vpptpcF/)

「ふあっ。結構寝ちゃったのかしら……?」
あくびを噛みしめ、もう真上に昇ってしまっている太陽を見た。
自分は普段眠りが浅い。なので1時間程度の睡眠しかとらないのだが今回はどうやら深く眠りについていたようだ。
 もうお昼ね。そろそろ昼食の時間なのだけど……。
昼食と言っても紅茶が一杯。そんな紅茶を入れてくれる少年を自然と目で探した。しかしその姿は見つからない。
「ナイト」
試しに呼んでみた。いつもならここで「おう」と一声返ってくる。しかしいくら待っても返事は返って来ない。
ナイトは耳がとてもいいようで邸内ならどこにいてもルリィの声が聞こえるらしい。なので声が返ってこないということは……
「館にいない?」
そんなことは今まで一度もなかった。大抵ルリィのそばにいて晩餐の鳥を狩りに行くときも告げてから森へと向かっていった。そもそも鳥を狩りに行くには早い時間だ。
なぜか胸騒ぎがする。
不安な心の中をおだめるよう、久しぶりに自分で紅茶を入れようとロッキングチェアから立ち上がった。

真昼間だというのに太陽の光は差し込まず、遠くは暗闇に覆われている。白骨死体が見つかってもおかしくないほど不気味な空気の中、ナイトは晩餐となる鳥を求め歩きさまよっていた。
 はあ、何やってるんだ俺……。
いまだ髪に口づけしたことに、なんだかわからない消失感と自分がなぜしたのかという疑問を抱き、髪をがしがしとかいた。混乱するあまり逃げるようにこの森へ来たのだ。
「というか……ここどこだ」
どうやら森の奥深くまで来てしまったようだ。悩みながら下を向いて歩いたのがだめだったらしい。
あたりを見渡すがこの森特有の闇が行く先を閉ざしてしまっている。
「方角さえ分からないな……。とりあえず鳥を捕ろう」
ナイトは迷ったことを苦にも思わずスタスタと足を動かした。するとしわがれた声が聞こえてきた。
「このキノコ……まるで血のように赤くおいしそうだねえ。こっちはまるまるとしたガマガエルじゃないか。ひっひっひ。今夜の晩御飯はこれで決まりかな……」
背筋がぞっとするような笑い声が反響する。ナイトは眉を寄せ声がする方に目を向けた。
 真っ黒いマントが体を包み骨ばった手には籠と毒々しいキノコ。45度にまがった腰のためとても背が低く、フードのせいで顔は見えないがとんがった鼻だけが覗いている。
まるで童話から魔女が飛び出してきたようだ。
「ひっひっひ……おや? 可愛い可愛いラビットじゃあないか。晩御飯は豪勢になりそうだねえ」
たまたま通りかかった野ウサギへと手を伸ばす。野ウサギは素早く身をひるがえそうとしたがそれよりも早い動作で耳を強引につかまれた。
ナイトは一瞬、そんな光景を見てしまった自分を呪いどうしたものかと悩んだが、「この世は弱肉強食」と自分に言い聞かせその場から去ろうとした。しかしそれは叶わなかった。
「そこにいるのは誰だい?」
先ほどまで暴れる野ウサギを楽しそうに見つめていた眼がぎょろりとこちらへ向いた。当然その場にいるのは自分しかいない。
「おやおやあ……若い人間じゃないか。しかも結構いい男……ひっひっひ。なんだい、今日のあたしはついてるのかねえ」
誰に問うわけでもなく一人でに笑っている。その顔はやはり魔女のような年老いた女性だった。しかしどことなく凛々しさ備わっている。
「お前は誰だ。魔女か?」
不気味な老人に臆することなく、ナイトはストレートに言い放った。
「聞きたいことがある。この辺に大きな館があるのだがその館への方角を知らないか」
ナイトの様子に老人は眼を丸く見開き、面白そうに口をゆがめた。
「あそこは吸血鬼が住まう恐ろしい館。近づけばおぬしも血を吸われてしまうだろう」
「いや、血を吸ってほしんだが……まあ、あそこには俺も住んでいるんだ。人助けだと思って教えてくれないか」
「この、いかにも魔女らしい老人に助けを求めるのかい? しかもあの屋敷に住んでおるとは……おぬし面白い人間じゃのう。ひっひっひっひ。しかもあたしの姿にさえ悲鳴一つ上げない。気に入った!」
「気に入られても嬉しくはないんだが」
「ひっひっひ」
老人は細い腕を上げ一点を指さした。その一寸先は他と変わらず何も見えないがナイトはその指示に従うことにした。
「ありがとう」
一言言い残し今度こそその場を後にする。
「おぬしとはまた会うことになるだろう」
そんな言葉が背後で聞こえたのはきっと気のせいだろう。多分。

「ナイトはいったいどこへ行ったのよー!」
ルリィの叫び声が黄金色の空へと響く。すっかり日は暮れ夕方だ。
最初は不安だった心も、今は怒りへと形を変えていた。
「帰ってきたら絶対にいなくなった理由を問いただすんだから! それにアールグレイも入れさせなくちゃ」
ぶつぶつとナイトへのお仕置きを考えていると森の方角から見覚えのあるシルエットが近づいてきた。
「っ! ナイト!!」
「遅くなってすまなかった。今夜の晩餐は鷲(わし)にするから許してくれないか?」
怒りを含んだルリィの声を聴き、ナイトは右手に持っていた大きな鷲をかかげて見せた。
「美味しそうな鷲…………はっ、いや、今のは違くて!! そ、そんなもので許すような私ではないわ!で、でも、どうしてもっていうのなら許してあげなくもないわ」
「簡単な奴だな」
鷲へ瞳を輝かせてるルリィに対し、ナイトはふっと口元を上げつぶやいた。
「え、なにか言った? ナイト」
「いや、なんでも」
「そう……?」
ルンルンと鷲を食せることに心を躍らせるルリィ。そんな吸血鬼をどことなく愉快そうに見つめるナイト。
暖かな二人の空間。が、しかしそんな二人を遠くから見つめる者がいた。
「ひっひっひ。ルリィよ、おぬしついに見つけたのだな。自分の騎士『ナイト』を!」