コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【23話更新 参照1100突破】 ( No.185 )
- 日時: 2013/07/21 06:27
- 名前: 妖狐 (ID: idHahGWU)
「……——っ!」
弾かれるようにナイトが瞳を揺らした。「化け物」の言葉が洞窟に響く。
「あなたは人ではないモノ。本性はいったい何なのか分からないけれど、それは間違っていないわよね?」
否定はできないことをを意地悪にフレルは首をかしげて聞く。腕の中に納まっているルリィは呆然とナイトを見つめた。
(ナイトは……人間じゃないの? じゃあ、いったい…………)
ナイトの黒くさらさらと流れる髪を見つめていると、様々な記憶が頭を早馬のように流れた。そして同時に今まで不可解だった謎が姿を現す。
(ケイが嵐の中、森に迷っていたとき助けたのはナイトだわ。確かその時雷に撃たれそうになったって。でもケイはそれをすごく不思議に思っていた……)
キューマネット夫人につれられて帰るとき、別れ際に言った言葉が鮮明によみがえった。
「ねえ、お姉様。ナイトは何か特殊な訓練を積み重ねているのですか?」
「え?」
いきなりの質問にルリィは聞き返した。そして首を振る。
「いいえ、そんな事をしてるのは見たことないけれど……」
「ですよね。筋肉だって平均的な男性より少ないくらいだし、なにより細身です。だから格闘系をやっているようにも思えないし、一部だけ普通の人と違って強化してるなんてとこ見られなかった」
実際に殺し合いじみたことをしたケイだからか、正確に分析した結果をぶつぶつ呟いた。なぜ唐突にそんなことを訪ねるのだろうと眉をしかめていると、それに気づいたケイが苦笑いをして「たいした意味はないんですけど」と手を振った。
「ちょっと気になるとこがあるんです」
「気になるところ?」
「はい、僕が嵐の中怪我をしたとき洞窟に一回非難したといったでしょう。そこでナイトが雷に撃たれそうになったとも」
今でもかすり傷程度で帰ってきたナイトに胸をなでおろす。ルリィはコクリとうなづいた。
「でも少しだけ妙なんです。偶然っていったら片付いてしまう話なんですが、確かにナイトは雷に撃たれたんです」
ケイの言葉にルリィは身を見開いた。では、ナイトはなぜかすり傷程度で済んだというのだろう。
「僕の視力は人より優れている自信があります。子供の故、運動神経と視力だけを人一倍、磨いてきたので。その眼で見た景色は確かにナイトが雷に接していたんです。あのまじかに近づいた雷からは逃げることはできません。だけど雷にあたった形跡はない……つまり、奇跡的に雷がナイトにあたる前にずれたのか、ナイトの運動神経が——……いや、後者はありえませんね。無駄話をしてすみませんでした。ではお姉様、また逢うときはきっといい男になってきますよ」
そう言い残すとケイは笑顔で去って行った。
ケイの言いかけて言わなかった「ナイトが雷に撃たれなかった理由」が気になって頭に残っていたのだ。
(あの時ケイは何を言おうとしたのかしら。ナイトの運動神経が…………)
『あなたは化け物なの?』
フレルの言葉が頭に流れる。
(ナイト……あなたはいったい……?)
フレルに問われて、何も言わず黙ったままのナイトを見つめ続ける。自分の知らないナイトがいると思うと少しだけ寂しくなった。
その時足元で何かが音を立てた。洞窟の上から一粒の石が落ちてきたようだ。静かな湖に小石が投げ込まれ波動が広がっていくように、自然と皆の目線が石へと向く。
コトッ
石が跳ねた。確かに自分の力で。見間違いかと目を凝らすとまた、石が自分の意思で動く。
「石が自分で動いてる!?」
驚いて声を上げると、頭の上でフレルが否定した。
「違うわよ、これは地面が振動しているの」
地面が振動して、その揺れで石が跳ねる。理解して自分の過ちに頬を染めていると、かすかだが重たくのしかかるような音が耳に届いた。
「なんの音……?」
辺りをきょろきょろ見渡してみるが何も起こってはいない。足元で石が跳ねている程度だ。
フレルがそれを見て、何かに気づいたようにはっと息をのんだ。
「もしかして……さっきの迷路崩壊のせいで地盤が緩んで、洞窟が崩壊しそうになってるかも……——!」
「本当ですか、長官!?」
フレルの大声にキャッツは銀の髪を揺らして、体制を低くした。そっと目をつぶって耳を研ぎ澄ませる。
「東から45度、洞窟一部崩壊しています! すぐさまここまで崩壊は到達するでしょう。急いで離れないとっ!」
キャッツが叫ぶような報告を聞き、フレルもルリィを連れたまま走り出そうとした途端、ほんの一瞬だけ緩んだ手の中からルリィは猫のように抜け出した。
「ルリィ!」
逃げ出していくルリィに向かってフレルが呼び止める。しかしルリィは振り返らず、まっすぐに今一番傍に行きたかった者へと走った。
「ナイト、無事!? 怪我はない?」
近寄って腕を取ると、そのひんやりとした触感にビクリッと肩を揺らした。ナイトの瞳に少し前の輝きはなかった。
「ナ、イト……?」
急にナイトが消えてしまいそうな恐怖にかられ、ルリィはもう一度名前を呼んだ。その声に反応し、ナイトは立ち上がる。
「ここは危ない。一度移動するぞ、ルリィ」
低く落ち着いた、いつものナイトの声。普段通りの何一つ変わってない声音にルリィは胸をなでおろした。
ナイトに手を引かれ、そのまま走る。後ろではまるで追っかけてくるように唸り声をあげて、洞窟が崩壊していった。上から巨大な石が降ってくる。あれに当たったら命なんて吹き飛んでしまうだろう。
「間に合わない!」
猛スピードで追いかけてくる石のがれきが今にもルリィたちを飲み込みそうだった。隣で狼も一緒に走っているが、狼に乗り込めるような余裕も一刻の時間もない。
「くそっ、このままじゃ全員石の下だ。こうなったら……」
何かを決意したようにナイトは覚悟を定めると、洞窟の端へほとんど飛び込むようにルリィを引っ張り、狼を呼び寄せた。
耳を切り裂くような崩壊音と目の前が覆われるほどの砂埃、熱く緩んだ風が髪を揺らした。
ナイトにかばわれるように抱きしめられながら、ルリィはぎゅっと目をつぶってその瞬間が去るのを待った。それは一瞬のようにも感じられ一生のようにも思えた。
「まだ、しっかりと足はあるみたいんだな」
大きな洞窟の道の横にさらに小さな洞窟をみつけ、ナイトはとっさに飛び込んだのだ。その中で冗談めかしてナイトは呟いた。しかしナイトのすばやい判断がなければ今頃、石の下だろう。
「立てるか? これから出口を探してしばらく歩くだろうから少しでも何か不調があったら言えよ」
埃をはたき、ナイトはルリィに手をのばした。しかしルリィはその手を取って立ち上がるのではなく、やさしく包み込んだ。
「それはこっちの台詞よ。貴方こそ、こんなに無茶をして……」
自分のために狼と戦い、迷路をぬけ、最後に苦痛であろう質問に答えてくれたナイトにルリィは胸が痛かった。なぜ自分のために己を犠牲にするのか、と叫びたかった。だけど全て自分が悪いのは分かっているので何も言えない。自分がフレルに捕まらなければ起きなかった話なのだ。
フレルとキャッツはいつの間にやら姿を消していた。だが、あの二人なら逃げ延びているだろうと思う。
「出ましょう。ここを出て館に帰って、今夜の晩餐は豪華にしましょう」
ルリィは笑顔でナイトの手を引いた。ナイトもゆっくりとうなづいて歩き出した。小さな洞窟から出ようとしたとき、ルリィを切り裂くような風が襲った。
「きゃっ」
間一髪、それを避け、ルリィは座り込んだ。それを支えるようにしながらナイトは眼を凝らす。そして血の気が変わったように獰猛と化した狼を見つけ、目を疑った。
「嘘だろう、なんで……」
自分と戦う前の危険動物とされた狼がいる。今頃になってするどくとがった角と牙が目立った。
「グルルルッヴゥ……」
真っ赤な目でこちらをにらみ、唸り声を上げる。落ち着けるようにナイトは近づいていくが、狼は今までの狼ではなかった。
「洞窟の崩壊で気が動転して、荒くなっている……?」
今までの狼とは真逆の姿にナイトは、まさかと息をのんだ。
「狼、俺に従え。その本能で俺の姿は感じ取れるだろう? 俺はお前より強いものだ」
普段よりさらに低くした声で有無を言わせず、ナイトは狼に言い放った。しかし狼は変わらない。
(もう、服従は無理なのか)
愛情が沸いたわけではないが、手を貸してくれた狼を殺す気にはなれなかった。といってこのままにもしておけない。このままじゃ、またルリィを自分を襲うだろう。悔しげに唇をかんだ後、ナイトは守るべきものしっかりと心に刻みつけ、覚悟を決めた。
「すまない、悪く思うな」
誰にも聞こえないほど小さく呟いた。そしてルリィを振り返った。
「少しだけ目を閉じてくれないか?」
「え、ええ」
言われるまま、ルリィは瞼を落とした。しかし最後に見せたナイトの悲しげな瞳がちらつく。少し経ち、辺りが静けさに包まれた時、ルリィはそっと目を開けた。そして目の前の光景に絶句した。
黒くつややかな毛並み、しなやかでたくましい体つき、繊細で輝くような黒曜石の瞳は静かに目の前を向いている。
ナイトをそのまま狼にしたような、真っ黒な狼がルリィの前には立っていた。