コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【最終章突撃10/13】 ( No.196 )
- 日時: 2013/10/13 11:45
- 名前: 妖狐 (ID: KnTYHrOf)
最終章【闇告げる王と最後の涙】
真っ白な生クリームと濃厚なはちみつが乗っかったワッフルに、ルリィは勢いよくぱくついた。悩みながら食べているせいかマナーが少し抜けている。
口の中をはちみつの甘ったるい味で満たすと、少し息をついて食べる手を止めた。
「さて、どうしたものかしら」
エスプルギアの夜まであと七日。一週間後には悪魔ルシファーが闇黒と共にやってきて、太陽と月が隠される。しかし、いまだにそれを防ぐ方法が見つかっていなかった。
当初、仮定を立ててれば防ぐ方法は二つあった。一つ目は月光の雫を使う方法。不思議な力を持つとされる月光の雫で鏡に闇を吸い取らせる力を与え、闇黒を消滅させる。だが月光の雫は見つからず、結局フレルの持っていた情報はあまり役に立たちそうにないものであった。
「フレルは確か月光の雫について書かれていた古書の話をよく知っていたのよね……月光の雫とは『清き乙女の月の涙』そして『それは世界にただ一人の者に捧ぐ』って一体どういうい意味……?」
言葉の意味と月光の雫がつながらず頭を回転させる。先ほどから悩んでいるがやっぱり答えは浮かんでこなかった。
(答えのしっぽはちらちら見えてるんだけど……)
こうなると防ぐ方法は月光の雫を除いたもう一つの方法にゆだねられることになる。しかし、
「あの方法は、本当ならあまり使いたくはなかったわね」
ぽつりと呟いたとき「どんな方法だ?」と頭上から声が降ってきた。手にティーポットを抱えたナイトだ。ルリィは、なんでもないわと隠すように返すと紅茶のおかわりをもらった。
「あと七日か……あんまり悩みすぎて爆発するなよ」
からかうような言葉だが、その裏に心配してくれる優しさが分かりルリィは心が温かくなった。
「大丈夫よ。こっちはなんとかするから貴方はいつも通りおいしいスイーツを作ってくれると嬉しいわ」
「まかせろ。明日はお前の好物のタルトを焼こうと思うんだが、ブルーベリーと洋ナシ、どっちがいい?」
「どちらも」
「欲張りすぎだ」
二人顔を見合わせて笑う。いつもと変わらない暖かな会話、おいしいスイーツ、大切な人。しかし七日後には崩れ去ってしまうであろうとルリィは確信していた。どうあがいても変わらない未来へ、痛む胸をそっと笑顔の裏に隠した。
「ひっひっひ、久しいのう」
「ご無沙汰しています。今日から厄介になります」
黒いマントを羽織って不気味に笑うキューマネット夫人と、その隣で頭を下げるケイにルリィは心からケイがキューマネット夫人に似ていなくてよかったと思った。だがケイの過激な裏の姿は確実に夫人の血を引き継いでいた。
「急に呼んで悪かったわね。エスプルギアの夜も近いから集まったほうがいいかと思って」
もう少しでやってくるエスプルギアの夜に備えて、安全性確保と作戦会議を開くためにルリィは二人を呼び寄せたのだ。これから少しの間、館に滞在してもらうことになる。ナイトは、どうぞとルリィが館の中に招いていくのを遠目で見ながら早速晩餐に向けて頭を働かせていた。
その夜は実ににぎやかだった。テーブルには所狭しと料理が並んでいる。晩餐の料理を作っている最中にケイも台所に張り合うように飛び込んできたので、ふたりでわいわいと罵り合いながら作っていたらすごい量になってしまったのだ。
「こんなに誰が食べるっていうのよ……」
ルリィは最初、見ただけでお腹がいっぱいになりそうな料理の山に頭を押さえていたが、隣でまたもや張り合いながら食べ比べをしていたナイトとケイによって綺麗さっぱりと片付いた。
(いつの間に仲良くなったのかしら……?)
なんだかんだ言いあいながら気の合っている二人をルリィは少しだけ羨ましく思った。
そんな日々が続いて三日。エスプルギアの夜への緊張感など、どこへすっ飛んで行ったのやら館が静かなのは動物が寝静まる真夜中だけだった。
「また明日。おやすみなさい」
とそれぞれ各自の部屋にこもってから数時間。寝つきの悪さにナイトはベットから身を起こした。辺りは真っ暗で月の明かりしか光るものはない。
(なんだか胸騒ぎがするな……ここ数日あまりにも騒がしかったせいか?)
今も遠くに聞こえてきそうなほど日常化しつつあった喧騒に、昔は一人でいるのが当たり前だったのにな、と空を見上げた。窓から入ってくる涼しい空気が肌をなでる。身震いするような寒さだが、なぜか心地よくもあった。
その時ふと、誰かの話し声が風に乗ってやってきた。月明かりの下だからか狼人間の効果によって聴覚が鋭くなっているようだ。その声の主が自分の主であると分かり、なんとなく耳をすませた。どうやらキューマネット夫人と夜のティータイムを楽しんでいるようだ。
(それにしても、あいつの声は鈴みたいだよな……。凛としててとおる。笑い声なんて本当にかわい…………っ!)
ボーっとしていた頭を思いっきり振った。自分はいったい何を考えていたのだろうか。確かにルリィは美しいと思う。誰から見ても美少女だ。だがかわいいなどと思ったことはなかった。
(いや、あったのか……?)
からかった時の怒った顔、おいしいものを食べて口が緩むとき、幽霊を怖くないと言いながら震える体。そのときに一瞬だけ頭をかすめた想い。
思い出していくと次々に頭の中に映像が広がった。大きく開かれたルビーの瞳、抱きしめたときに感じた細い腰、ふんわりと風に舞う紫の髪。
(俺は……)
のどまで出てきた想いに、とっさに口に手を当てた。
駄目だ、気づいてはいけない。気づいてしまったら本当になってしまう。
自分は狼だ。人でも吸血鬼でもない。それになによりも彼女は主であり七日後には殺してもらうことになっている。
(そうだ。エスプルギアの夜が過ぎたら狼人間の俺なんて食べてもらうんだ)
契約した夜に交わした事を思いだいて自分に言い聞かせる。
今まで目をそらしていてなんとか気づかなかった感情。これからも目眼をそらし続けなければならなかったのだ。
始めはこんな思いを抱くつもりはなかった。もっと早くに殺される予定だった。だけどルリィのことを知っていくごとに、その感情は大きくなっていた。
なすすべもなくナイトは窓を閉めてルリィの声をシャットアウトした。これ以上聞いていたら口から言葉がこぼれていしまいそうだ。
気づいてはいけない。けれど、どうしようもなく
(——ルリィが、好きだ)