コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【最終章突撃10/13】 ( No.199 )
- 日時: 2013/10/20 10:30
- 名前: 妖狐 (ID: KnTYHrOf)
「ナイト、そこのマーマレードを取って頂戴」
「えっ! あ、お、おう。これでいいか……!?」
「ええ、ありがとう……何かあったの、ナイト?」
訝しげに見つめてくるルリィにナイトは目を合わせずに軽く首を振った。そのまま食事に戻る。なんでもないようなふりをしているが内心は心臓がバクバクと高鳴っていた。
(……ルリィの顔がちゃんと見れない)
昨夜、ルリィのことが好きだと気づいてしまってから、まともに顔が見れず、いちいち呼ばれればびくりと反応してしまう。
(厄介だな)
まだうるさく鳴る心臓を押さえつつ、深いため息をついた。しかし厄介なのはルリィへの敏感な反応だけではない。、もう一つ覚醒したものがあった。
「お姉さま、このローズティーすっごくおいしいです! ほのかなバラの香りがパンとあいますね」
「でしょう。ローズティーは私の大のお気に入りよ」
まるで自分のことを褒められたように嬉しそうにルリィは笑う。それをナイトは横目で見ながら、抑えた胸をさらに強く押した。
(……くそ、かわいいな……)
今までよりも強く抱く感情にナイトは困惑しつつも、その想いにふたをする。ふたをし続ければ、この想いは自然に消えていくだろうと信じて朝食に集中するよう自分に念じた。
一言にいえば、あいつは今「おかしい」
傍から見ればなんでもないように見えるが、人一倍意識している相手だからこそ微妙な変化を感じた。
(ナイトはいったい何があったんだ……?)
ケイはローズティーを口に運びながら考え込んだ。そして一つの答えに行きつく。
(まさか……)
その時、がたんと椅子を引く音が鳴り響いた。びくりとななめ前を見やるとナイトがからっぽのお皿を抱え席を立っている。そのまま「ごちそうさま」と言うなり食器を片づけて出て行った。
その行動にケイは確信めいたものを得る。自分の考えが正しければ微妙に複雑なところだが、こうなった時の答えはとっくのとうに、ナイトという男を認めたときから決まっていた。
「僕もごちそうさまでした。それでは、お姉さま、おばあさま」
笑顔ですばやく食器を片づけると、ケイはナイトの後を追って部屋を出た。
ナイトは部屋へ続く少し長い階段を登りながら、次はもっといつも通りの態度を心がけようと言い聞かせた。あれ以上いたら次は顔に出てしまうんじゃないかと思えて早々と場を立ち去ったのだ。階段をのぼりきろうとしたとき、後ろからまだ声変わりのしていない高い少年の声で名前が呼ばれた。
「ナイト、気づいたのか?」
敬語がすっかり抜け落ちて本性が出ているケイにナイトは顔をしかめる。何に気づいたというのだろうか。意味が分からないという意志を受け取ったのか、ケイは駆け足で階段を上ってきてナイトに近づくとまた問いかけた。
「気づいたんだろう。お姉さまが好きだって」
「なっ!!」
いきなり投げられた爆弾のような言葉に、表情を繕うことも忘れ声を上げてしまう。そんなナイトをケイは面白そうに見つめる。
「へーそっか。やっと気づいたんだ。これからどうやってからかってやろうかな」
可愛い顔で非道なことを考えるケイにナイトはすばやく冷静さを取り戻すと、冷たい声で言い放った。
「そんな感情を抱いた覚えはない。勘違いもいいところだ、子供(がき)」
「またまたー、いまさら否定しても遅いよ?」
ナイトの棘のある言葉に動じずへらっと笑う。しかしナイトは無視をして背を向け足を進めた。
「お前の遊びに付き合っていられるほど暇じゃないんだ、じゃあな」
そのまま奥の部屋へ進んでいく。しかしケイは逃がさないというようにすばやい動作で前へ滑り込んできた。あいかわらず身体は軽く猫のようだ。
「ちょっと、釣れないなー。認めちゃいなよ、好きだって」
「——好きじゃない」
言葉を遮るように言うナイトにケイは顔から笑顔を消してナイトをじっくりと観察した。
「言わないつもり?」
少し険しくなった顔にナイトは無言を突き通す。するとケイはもっと目つきを鋭くした。
ケイは今でもルリィが好きだ。この先ルリィ以外を好きになることがあるのだろうかと思えるほど、まだ思い続けている。しかし、それは叶わない思いだと最近やっと踏ん切りがついた。それはルリィがナイトを見ているからだ。本人は自分の気持ちに気づいていないようだが、それもきっと時間の問題だろう。ナイトがルリィへの気持ちを自覚したように。彼女が幸せになるのなら、とケイはナイトを認めることにした。しかしこの男はなんだ? 自分の気持ちを偽っていて、ケイは正直イライラした。
「なんで……?」
低い声で聞くが答えは返ってこない。
「好きじゃない」
もう一度ナイトは言うと、ケイをよけて部屋へ入っていった。それからケイはその場を少し動かなかった。いや動けなかったのだ。それはナイトが傍を通るとき、すごく悲しそうな目をしていたからだ。
「なんなんだよ、あいつ」
一人屋根の上に上ってケイは吐き出すように呟いた。さっぱりナイトの思考が読めずイライラが増す。むしゃくしゃする気持ちで頭をかくと、隣からかん高い笑い声が響いた。
「ひっひっひー。伝えられない想い。切ないのぉ」
「おばあさま……」
いつの間にやらケイの気づかぬ間にキューマネット夫人が隣に座っている。きっと放棄か何かで上ったのだろう。こんな摩訶不思議は日常茶飯事なのであまり驚くこともなくケイは聞き返した。
「なぜ伝えられないんですか……?」
意味が分からないというような顔をすると、夫人は何もかも見透かしたような瞳でちっちっちと指を振った。
「そりゃあいろいろじゃろ。本人にしか分からんいろいろ」
「いろいろ……」
そのいろいろのせいでナイトはルリィへの想いを否定するのだろうか。あんな悲しそうな目をしながら自分の気持ちを偽るのだろうか。
「しかしのう、そのいろいろは時として他人にとってはどうでもいい簡単なものに見えるもんじゃ」
遠い空を見つめる夫人はなにかを想うように告げる。それはめずらしく人間味を感じる祖母の一瞬だった。だがすぐさま不気味な笑い声をあげる。
「ひーひっひっひ、まあこうやって悩むのも若い者の務め。後悔しとうないのなら自分の思うままに動くことじゃな」
なんだかんだいって気遣ってくれたのかと思うとケイは笑う祖母に笑顔を返した。
「おい、馬鹿ナイト。お前の考えるいろいろは僕にとってどうでもいいことだ」
午後の枝切りの途中、いきなりやってきて堂々と告げるケイにナイトは顔をしかめ、可笑しくなったのかとケイの頭を心配した。そんな失礼な心配も知らずにケイはナイトに話す間も与えず言葉を続ける。
「お前のいろいろなんて僕には関係ないからな。お前がいくら悩もうが自虐のように傷ついたっていい」
「ひどいな……」
あまりのきっぱりした言葉にはあ、とうなづくしかない。しかし次の言葉に目を見開いた。
「だがな、お姉さまを傷つけることは許さない。お前のいろいろよりもお姉さまの方が優先順位が高いんだからな」
言いたいことはそれだけと、ケイはしゃべりたいだけしゃべるとその場を離れていった。
本気で頭になにか沸いたのかとナイトは思ったが、なぜか少しだけスッキリした気持ちになっていた。
昼か夜か分からないほど木々の草によって真っ暗に光が閉ざされてしまった森の中を慎重に進む。
奥へ奥へと目指していくと一つだけぽっかりと空いた光の漏れる出口を見つけた。飛び込むようにして足を踏み出すと目の前には豪華なアンティーク調の館がそびえ立っている。
体のそこらじゅうについている落ち葉を乱暴に払いながら、久しぶりに対面した太陽に向かって伸びをした。
「やっと着いたわ、キャッツちゃん!」
こった首を回しながら嬉しそうに喜ぶフレルを冷めためでキャッツは見つめてうなずいた。
「はい、予定時刻一四時三十分到着です。途中、隊長が足が痛くて歩けないと言った時は置いていこうと思いましたが、無事到着できてよかったですね」
「ええ、あの時は本気で捨てられると思ったわ。必死でキャッツちゃんの足にしがみついてよかった……少しはキャッツちゃんにも良心があると思うと安心だわ」
深々とうなづくフレルだが、始めから置いていく選択しを選んだキャッツに良心があるのかは微妙なところだった。
日常化としてきてしまったフレルいじめをするキャッツ(本人はそんなつもりはないのだが)と、良心がなんなのか分からなくなってきしまったフレルはさっそく吸血鬼の住むという館の玄関ベルを鳴らした。
エスプルギアの夜まであと三日。
一人一人が一つの場所に引き寄せられるように集まっていく。それは運命なのか、それとも必然か。