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Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【28話更新10/26】 ( No.211 )
日時: 2013/11/03 11:00
名前: 妖狐 (ID: KnTYHrOf)

鋭くとがった角に闇を象徴とさせる黒い翼、ニタリと微笑む顔は背筋を凍らせ、猫に睨まれたネズミのように相手を動けなくさせるような迫力があった。
「100年ぶりね、悪魔ルシファー」
 まるで古くからの友達に二会ったようにルリィ—は親しげに話しかけた。辺りは真っ暗でランプの明かりが心もとなく灯っている。
 宙に羽を広げてゆっくり浮くルシファーにナイトはごくりとつばを飲み込んだ。本能的に感じる恐怖が体を支配して動きを鈍くさせる。心構えはしていたがいざ、目の前に迫ると考えるより先に危険注意報が頭の中で鳴り響いていた。
「約束の時が来たからな……この美しいほどの闇、あの時翼をくれた代わりにお前にプレゼントしよう」
「翼……」
 昔はあったというルリィの悲しそうな瞳を思い出す。しかしルリィはふわっと笑って一歩前へ出た。
「あらプレゼント? それは嬉しいわ。でもね……」
 言いながらさっとナイフを取り出す。純銀でできたかなり高価なナイフだ。穢れを嫌い純白を好むという、このナイフは悪魔には効果的なものだ。ナイフが微かなランプの明かりを反射して輝く。
 しかしルリィはナイフをルシファーに向けるのではなく自らの腕にあてた。
「なんだ、自害でもするのか」
 面白いものを見るようにルシファーは興味ありげに瞳を輝かす。それに冗談でしょ、と笑うと腕をナイフで切った。浅く傷つけられた腕からは鮮明な血が滴る。
「せっかくだけどプレゼント、お断りするわ」
 どくどくと流れ落ちる血を地面に数滴たらした。その瞬間ルリィの足元が、地面に書かれた術式が光を放った。
「——っ!」
 その眩しさにナイトは眼を覆う。
 用意していた古代魔術が血を捧げることによって発動したのだろうか。
 いきなり暗闇から光がはなたれ、眼の奥がちかちかと光った。
「今、ここに天の扉を開く。悪しき者、天に刃向かう反逆者には苦しみを与え、消し去れ。そして主である——に従え」
 ナイトは聞き覚えのない言葉に顔をしかめた。
(リ、リリアン……?)
 ルリィは今、自らのことをリリアンと呼んだのだろうか。
 昔、『束縛』の効果があるからと本当の名前は教えてもらえずミドルネームの「ルリィ」と名乗った。しかし今は術式を操るために本当の名を口にしたのかもしれない
(ルリィの本当の名前はリリアンなのか……?)
 場にそぐわない問いを繰り返していると、爽やかな風が頬を撫でた。はっとして顔を上げるとそこには無数の妖精のような白い生き物が舞っている。
「……天使どもか。厄介な。まさかお前が古代の魔術を使うとはな……」
 鬱陶しそうに目を細める。ルリィはさっと手を広げて振った。天使たちは合図を受け取り一斉にルシファーの周りを漂って囲む。
「闇を葬りなさい」
 言い放った途端、風が一気にぶわっと押し寄せてきた。空に一筋の太い光が射し、だんだん闇を飲み込んでいく。
 これがルリィの言っていた闇を消滅させるということなんだろうか。
 だんだんと明るくなっていく空にナイトは胸をなでおろした。思っていたよりも簡単に作戦は成功したのかもしれない。
「ルリィ」
 緊張の糸がほぐれていき何気なく前にたたずむ彼女の名を呼ぶと、ルリィは振り向かずに首を振った。
「まだよ。まだ終わっていないわ。これぐらいじゃ彼は負かせない」
 言葉と同時に、先ほどの風とはまったく違う熱を伴ったねっとりとした風が吹いた。闇がまた空を覆い尽くす。
「甘いな、甘い。もう少し楽しませてもらおうか」
 ギロリと光る眼玉を見開くとルシファーはルリィに飛び掛かった。鋭い爪を振り上げる。
「させるかっ」
 さっと地面を蹴りナイトは素早く狼に変化するとルシファーの腕に噛みつく。そのまま腕を引きちぎると守るようにルリィの前に立った。
「狼人間か……見るのは56年ぶりだ。あの時は毛皮をそいで絨毯にしてやったな」
 ナイトはルリファーの腕を横に吐き捨てグーッと唸った。自分と同じ狼人間がいることの驚きと同時に卑劣なルシファーに怒りが沸いたのだ。しかし、いつの間にかルシファーの腕は元通りに治っていて、ナイトはもう一度飛びかかる。次は胸元をねらって切り裂くように向かう。しかし見えない威力によって押し戻された。
「グゥッ!!」
 何度か宙で回りながら体勢を直しなんとか地面に着地するが、またもや見えない圧力が体を鉛のように重たくさせる。
(くそっ……動かない!)
 動かしたくても動かない前足をもどかしくなり歯をむき出して威嚇した。その場を動けずにルシファーがニタニタと笑ってやってくる。
「いい気味だ。さて、今回の狼はどうしようか。まずはその綺麗な目玉からえぐり取って装飾品にでもするか?」
 ゆっくりと近づいてくるルシファーへ威嚇の声を上げながら睨みつけているとルリィが駆け寄ってきた。
「まだ、私とは決着がついていないわ。100年前の戦い、終止符を打ちましょう」
 ナイトから興味をずらすようにルリィは前へ出る。ルシファーはめんどくさそうに眉を下げた。
「天使たちなら無駄だぞ」
 ルシファーによって風の前の塵のように儚く消された天使たちは跡形もない。
「分かっているわ。だから今度はもっと強力なものを——ここは私の領地。誰にも手出しはさせないわ!」
 そう宣言するともう一つ、描かれていた術式の前に自らの血を数滴たらした。術式は先ほどより難解で細かい。きっとこちらが本命だったのだろう。
「出てきて、太陽と天空の神——エリアーデ!!」

「な、まさかっ……お前!」
 ルシファーが初めて動揺したような動きを見せた。ルリィの頭上から若く美しい男が舞い降りてくる。
「我を呼んだのはそなたか娘。見た限り若く見えるが我を呼んだのならその見返り、分かっているな?」
「ええ、もちろんよ。貴方には私の人生を捧げるわ」
「ほう……いいだろう。強くしなやかな女は嫌いじゃない。そなたの願い、叶えよう」
 真っ直ぐにエリアーデは腕を天へ伸ばす。そのまま渦を描くように回し始めた。
「悪魔ルシファー。お前はすこし暴れすぎた。ほんの少しの1000年余りを私の中で過ごして身を清めるといい」
 そのまま風の渦を作りだし闇と共にルシファーを手のひらに吸収し始める。
「くそっ、吸血鬼、お前こんなことして分かっているのだろうな。こいつを呼んでどうなるのか。こいつは俺様より強く見返りは大きいぞ!」
 エリアーデの渦に飲み込まれながらルシファーは叫んだ。その叫びにナイトは胸のざわめきを覚える。
「共倒れの覚悟で来たもの。分かっているわ」
 ナイトは眼を見開いた。最初からルリィは自分の命を捧げる覚悟で来たというのだろうか。衝撃で狼から人間に戻るがそれにさえ気づかず抗おうとするルシファーを呆然と見つめた。。
「さようなら」
 ルシファーはエリアーデの中に吸い込まれていった。闇が消えた空は輝かしいほど青い。
「これでいいか、娘」
「ええ、ありがとう。貴方は太陽と天空の神、体に吸収した闇は浄化できるのよね?」
「そうだ。それじゃあそなたの命、頂こうか」
「……喜んで」
 決意を固めたようにエリアーデに近づいてくルリィの腕を、ナイトは強く引いた。
「どうゆうことだ、ルリィ」
 自分のものとは思えないドスの聞いた声でナイトは問う。それにルリィは一瞬ばつの悪そうに眼をそらした。
「……エスプルギアの夜は終わったわ。お疲れ様。それに今までたくさん助けてくれてありがと……」
「——ふざけるなっ!」
 ルリィの声を遮るように叫ぶ。はらわたが煮えくり返るような思いだ。
「ふざけてなんていないわ! 私は貴方を、大切な皆を守りたい。だからどうしてもルシファーは倒さなければならなかったの。私一人の命で済むのなら安いものよ」
 作戦の始めからルリィは覚悟を決めていたのだろう。自分が犠牲になる覚悟をしてエルアーデを呼んだのだ。
 その覚悟に気づけなかった自分が悔しくなった。ぎゅっとナイトはルリィの腕を強く握りしめる。そして怒りを抑えるように息を吐いた。
「俺はまだ、契約を果たしてもらっていない。それにお前はこれからもっとやらなきゃいけないことがあるだろう。ここはお前が昔から守り続けた地だ。だからお前が必要だ」
 そのまま腕を引いてエルアーデから遠ざけると、ナイトが近づいて行った。
「エルアーデ、命を捧げる相手はお前をよんだ相手じゃなくても可能か?」
「無論だ。そなたが代わりに命を捧げるのか」
「ああ、俺が代わりに」
「ナイトっ!」
 ルリィは止めようと寄ってくる。しかし、その肩をやさしくだがしっかりと押し戻した。
「連れてってくれ、エルアーデ」
 これ以上ルリィが下手なことをしでかす前に、とナイトは素早く頼む。エルアーデはうなづき空へと浮かぶとナイトの体が薄くなり始めた。
「いや、いやよっナイト!! 連れてっては駄目、エルアーデ。私が命を捧げるら……連れて、いってはだめ……」
 嘘だと誰かに行ってほしい。時がたつにつれて体が薄くなりゆくナイトにしがみつく。行かないでと言いたいのに、言葉より先に涙が零れ落ちてきて言えない。
 自分の感覚が麻痺していくのを感じながら、ルリィの頬をつたう涙をぬぐうように、そっと手をあてながらナイトはささやいた。
「なあ、ルリィ。言う気はなかったんだが、最後くらい伝えてもいいか」
「……え?」
 涙でぼやける視界を見つめながら顔を上げると、唇に何かが重なった。

「——好きだよ、ルリィ」

Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【完結】 ( No.212 )
日時: 2013/11/03 11:06
名前: 妖狐 (ID: KnTYHrOf)

 弾かれたようにルリィはナイトを見つめた。ナイトは優しく笑うとゆっくりと瞼を閉じる。
 いつの間にかエルアーデは消え、ナイトの胸は鼓動を止めていた。
「ナ、イト……」
 崩れ落ちるようにルリィはナイトを抱きしめたまま地面に座り込む。冷たくなっていくナイトの手を握りしめる。胸の奥からこみあげてくる想いが嗚咽となって漏れた。次から次へと涙がこぼれてくる。
「ナイト、ナイト……」
 何度呼びかけても目の前の彼は起きてはくれない。もう、黒く美しい黒曜石の瞳は見れないのだ。あの低く少し色気に満ちた落ち着くような声は聴けないのだ。もう彼の優しい笑みが自分に降り注ぐことはないのだ。
「私も、私も……——大好きよ……ナイト」
 今更伝えても遅い言葉を小さな声でつぶやいた。涙が首に下げていた月光のグラスに落ちる。
 その瞬間、月光のグラスが音をたてて砕け散った。
 キラキラとグラスの破片がナイトに降り注ぎ銀色の光で包み込んでいく。その光に導かれるようにナイトの瞼が微かに震えた。
「……っ……温かい……?」
 信じられないもので見るように握りしめたナイトの手を見つめる。指がかすかに動いた。
「もしかして……これが月光の雫なの……?」
『愛する者のために流した涙』それが月光のグラスに流れ落ちて、月光の雫に変わったのかもしれない。
 願いを一つだけ、なんでも叶える雫。それは命すらもよみがえらせる。
 ゆっくりとナイトの瞼があがっていき、二度と見れないと思った黒曜石の瞳がルリィを映し出す。
「ルリィ……?」
 かすれる声で呼ぶナイトに返事をするように、伝えたい思いを今度こそは伝えるように、ルリィは思いっきり抱きついた。
「大好きよ、ナイト!」