コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい ( No.26 )
- 日時: 2013/04/06 13:49
- 名前: 妖狐 (ID: vpptpcF/)
「なぜいなかったの?」
ルリィはお仕置きにと考えていたアールグレイのお茶をナイトに入れてもらいつつ、もう一つ聞きたかったことを口にした。
「なぜって晩餐の鳥を捕まえに行ってたからだろう」
「あの時間帯はいつもより早いのではなくて?」
ルリィはいぶかしげに首をかしげ鋭い質問を問いかける。
「それは……」
ルリィに口づけしてしまいはんば逃げるように狩りに行った、とは言えるわけがない。
「たまには早くいくのもいいかと思って。そのおかげであの鷲(わし)もあるわけだし」
「それはそうだけれど……」
ナイトはもう姿かたちのなくなった骨だけの鷲を指さす。
ルリィはまだどことなく疑っているようだったが「そういうことだったのね」とあっさり引き下がった。
「そういえばあの森でな」
引き下がったルリィにほっと息をつきつつ、話を変えるように森で出会った不気味な魔女のことを話した。
「魔女……?」
「ああ、魔女のような老人」
「それってそこにいらっしゃる貴婦人の方のこと?」
ルリィは暖炉のほうに目を向ける。ナイトも「え?」と振り返った。
そこには一時前見たあの老人が暖炉のそばで温まっていた。
一瞬心臓が凍りついた気分だった。目に映っていたものを否定するようにナイトは老人から目をそむける。
しかし、老人が「ひっひっひ」と笑ったことにより現実へと引き戻されることになった。
「キューマネット夫人! いつも玄関から入ってくださいと言っているだしょう? お願いですから煙突から暖炉を使って入らないでくださいませ。床が煤だらけなってしまいますわ」
「固いことをいうんじゃないよ、ルリィ。久しぶりの再会を祝ってはくれないのかい」
「そういえば5年ぶりかしら? 夫人は相変わらず変わりませんわね」
「お前さんもな」
仲がよさそうにも見えないが犬猿の仲でもない。どこか親しい間がら。
そんなルリィとキューマネット夫人に対し、ナイトは頭痛のするような気分で一つ息を吐いた。
「ルリィ、そちらのキューマネット夫人という方は誰なんだ」
いきなりの来客だ。しかも昼間に不気味な光景を目にしたため警戒心は解けない。
ルリィが初めて相手に対し敬語を使っているのを聞き、ナイトにも少し緊張感が走る。
「彼女はフェリア・キューマネット夫人。私の古き良き友人でもあり師匠とも呼べる方よ。そうそう、夫人は魔女ではなくちゃんとした人間だからね」
「夫人ということは既婚者なのか」
「ええ。でも旦那さんのほうはもう他界してるわ」
どうやら目の前にいる老人、いや夫人は魔女なんかではなく、むしろ愛する人と一生を遂げた奥方だったようだ。
「それと歳は……」
「これこれ、レディの歳を暴露するんじゃないよ。あたしゃ永遠の二十歳だよ。ひっひっひ」
二十歳というのは無理があるだろう。
ナイトはそう思いながらもう白く染まったキューマネット夫人のふんわりとした髪を見つめた。
夫人は森で見たときの不気味な様子はあまりなかった。その顔は年相応のしわが浮かびながらも切れ長の目は美しくりんとした力強さがある。
若いころはさも美人だったろう
と今の夫人に対し失礼なことを考えていると、ナイトの視線に気づいたように夫人がこちらを見た。
「ひっひっひ、そこの若者のナイトというやつよ。あたしが言った通りだろう? また、どこかで会うと」
「ああそうだな。森では失礼した。いきなり魔女だと言い悪かっ……」
「ひっひっひ、別に気にしとらんよう。それにあたしは普通の人間じゃない」
ナイトの謝罪をさえぎるようにキューマネット夫人は不敵に笑い窓のそばへと近寄った。
「私は魔女のような人間さ!」
そう言い残すと夫人は4階の窓から身を放り投げた。
「っ!?」
ナイトは急いで手を伸ばすがその手は虚(むな)しく空をかいた。最悪の状況を想像しつつ窓から下を眺めるがそこには物陰一つない。
「ひっひっひ!それじゃあ今夜はちと早いがここでお開きだ。私の孫が家で待っているんでね」
空から声が降ってくる。見上げるとそこにはほうきに乗った夫人の姿。
「本当に人間なのか……? というかあの老人、いったい何をしに来たんだ……」
深い疑問を胸に抱きつつ、「いつものことよ」と落ち着いてお茶をすするルリィを初めて大物だと思えた。
頬に激しい夜風を受けながらキューマネット夫人は自分の家へ帰宅を急ぐ。
「それにしてもルリィ、あんたはいいナイトを見つけた。お前さんのことをあの若者は大切に思ってくれてるようじゃないか。まあ、今回は第一試練合格とでも言ったところかね。ひっひっひっひっひ」
空に怪しい笑い声が響く。
今は曇っている空だが明日はきれいな星空になる予感がした。