コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい ( No.35 )
- 日時: 2013/04/07 08:40
- 名前: 妖狐 (ID: vpptpcF/)
固く少し湿った土の感触を手に感じる。周りは土と小石で作られた壁。ここは深い穴の中……
「ルリィ、どうする…………」
「どうするもなにも、誰かがこなくちゃ話にならないわ」
ルリィとナイトは仲良く肩を並べ薄暗い穴の中で座り込んでいた。
地中と地面までの距離は5m。たった二人だけでは脱出できるような高さではない。
どうしてこんな穴の中で途方に暮れているのかというかと、それは数時間前にさかのぼる。
「今日も相変わらず美麗なローズ達。どうして貴方たちはそんなに美しいの?」
「どこのナンパ男だよ」
「私は男ではなくてよ!」
「返すとこおかしくないか……?」
ルリィとナイトはいつもと変わらず、すっかり慣れ親しんだバラ園へと足を運んでいた。
「ちょっとその辺を回ってくるわね」
「ああ。茶の時間までには戻ってこいよ」
「もちろん」
そう言い残すと勢い込んでルリィはレンガの道を足どり軽く駆けていく。ナイトはその様子を遠くから見つめ
「本当にバラ馬鹿……だな」
と呟いた。
「さあ、私の愛らしいバラさん。今日の調子はどう?」
誰もいない通路で一人、ルリィはうっとりと目の前のバラに話しかける。
「太陽はほてっているし、水気も十分。それに栄養も足りて……あら?」
不思議なものが目に飛び込んできた。それは少しおうとつのある形。そしてチェーンらしきものがついていた。
所々光り輝くなにかにルリィは興味をそそられ手を伸ばしてみる。
落ちていたのは鬱蒼(うっそう)と茂るバラの中だがバラ達は自らの棘からルリィの手を守るようによけていく。
「ありがとうバラさん。もう少し、あともう少しで届きそうなのだけど……」
届きそうで届かない輝くなにかに、今度は身を乗り出してさらに奥へと手を伸ばす。
「もう、ちょっと…………え……きゃっ!?」
がくんと体重を支えていた足の力が抜け、360度視界が回転する。
どうやらまた道のレンガと庭の溝(みぞ)に落ちてしまったようだ。前はナイトがいたため助けてくれたが今は誰もいな。それに加え不安定な体勢でいたため勢いがつき、バラの中へ突っ込むように転がる。
バラの奥は平らな芝生、のはずだった。しかしバラの奥には……真っ暗な穴が口を大きく開けて待っていた。
高い高さから吸い込まれるように落っこち、腰をしたたかに打ち付ける。しかし、落っこちたことをものともせずルリィはむくりと起き上った。
「痛たたた……私が吸血鬼じゃなかったら今頃、骨でも折っていたわね。今ばかりは吸血鬼だったことに感謝だわ」
腰をさすりつつ胸をなでおろした。2階から落ちる高さだ、人間だったらひとたまりまない。
「それにしても……どうしようかしら」
出口なんてものはなく、手を伸ばしても地面には届きそうにない。土はサラサラしていて登れそうな気配がなかった。一人では脱出不可能なようだ。
「落ち着くのよルリィ。きっと外にいるナイトがそのうち、私の帰りがないことに疑問を持って探しに来るわ。だから大丈夫」
不安で心拍数の上がった心臓を
おさまれ、おさまれ。
と昔から行っているおまじないで穏やかにする。
「というか、あれよね。なんで……なんで……こんな所に穴があるのよー!!」
ルリィはまだ青い空へ向かって大声で叫んだ。
「遅い」
いくら待っても帰ってこないルリィに対しナイトはため息をついた。
ティータイムのために淹(い)れたダージリンはもうすっかり冷めてしまっている。
「ったく、何やってんだあいつは……」
仕方なく探しに行くことにした。ルリィが突然いなくなることは多くはないが少なくもなかった。つまりこんな事件にナイトはなっれこだったのだ。
「ルリィー、紅茶を入れたから早く帰って来ーい。じゃないとお前の分まで飲む」
そう言った瞬間「だめよっ!」と聞き覚えのある声が返ってきた。
「ルリィか? 早く出てこい」
辺りを見渡しても姿がないルリィにもう一度呼びかける。
「ここよ、バラの奥」
「奥? いくら好きだからって庭に踏み入れるなんて……」
「違うわよ! 拾い物をしようとしたら……」
声のするほうへ歩いていくとそこにはぽっかりと開いた穴があった。
「落ちたわけか」
穴の中にいるルリィを見つけ今日二度目となるため息をつく。
「幸せが逃げるわよ?」
「誰のせいでだよ」
穴に似合わずいつも通りふんぞりがえる吸血鬼に「助けてやる気が削げた」と思いつつ、見捨てることもできないので手を伸ばした。しかしその手はどうやっても届かない。
「ロープ持ってくるから待ってろよ」
「ええ、分かったわ」
そう言い残し、その場から離れようとすると足場が無惨に崩れ落ちた。
「は?」
いきなり地面がなくなった状況を飲み込めず、後ろ側へと落ちていく。大きな音を立てナイトは倒れこんだ。
「ナ、ナイトっ!?」
上から降ってきたナイトに反射神経でよけてしまったことを悔やみつつ、そばに駆け寄った。
「ルリィ……お前よけただろう……」
「い、生きてたの、ね。よかったわ……」
「この土がやらかかったからな」
ルリィによけられたのを一生根に持つ気だったが、開口一番に出てきたルリィの自分を思う言葉にナイトは許すことにした。
「それより助けようとした人が落ちるなんて、ね」
「……悪かったな」
「別にあなたが悪いなんて言ってなくてよ」
小馬鹿にするようなルリィの態度に先ほどの許しは撤回し、やっぱり一生根に持ってやると誓った。
そんなこんなで今の状況に到(いた)る
すっかり日は落ち、きれいな三日月が顔を出していた。
「今日は空がきれいね」
「そうだな。最近晴れることがなかったから余計な」
そんなほのぼのとした会話を続けて何時間目になるだろう。
時計のないこの場ではそんなこともわからなかった。
当然二人だけの秘密のバラ園に人が来るわけもなく、奇跡を信じて待つことくらいしかできない。
「二人して骸骨になるのも悪くないかしらね」
などと冗談か分からない言葉に深い絶望をナイトは抱いていた。
「この際だから聞いておきたいことがある」
空を見つめていた眼を隣に座っている吸血鬼へと移した。いきなり真面目な顔になったナイトにルリィは首をかしげた。
「俺になぜ『ナイト』と名前を付けたんだ?」
「え……」
「お前は確か、自分の騎士となり夜となれといったな。あれはどういう意味だ」
「し、質問は三つだけといったでしょう! そ、そんなことに使っていいのかしら!?」
突然共同不信となったルリィをナイトはいぶかしげの見つめ「別にいい」とうなづいた。
「…………そう……分かったわ」
何かを覚悟したようにルリィもうなづいた。
「それでは一つ、お伽話(とぎばなし)をしましょうか」
「なっ、俺はナイトの意味を……!」
静かに。
そういうようにルリィは人差し指を立てて口に当てた。
「400年前からのお話しよ。とても美しく気高くて——
——とても愚かな吸血鬼のお伽話」