コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい ( No.52 )
- 日時: 2013/04/13 15:36
- 名前: 妖狐 (ID: vpptpcF/)
月が怪しげに発光する。ルリィのラベンダーのような紫色の髪が、月に照らしだされてキラキラと光り輝く。
美しいそれとは逆に言葉はあまりにも過酷なものだった。
「命を落とすというのは言い過ぎたわ」
ルリィは自分の言葉が失言だったことに気づく。
「詳しくは『命を落とす覚悟をもって私の騎士になってほしい』と言いたいの」
「それはどういうことだ?」
さらにややこしくなった言葉にナイトは眉間にしわを深く刻みこんだ。
「エスプルギアの夜から今年が400年目。次の満月の夜でちょうどその時を迎えるわ。つまり再び悪魔ルシファーによって月と太陽が奪われる。大地は枯れて、人々は混乱するでしょう」
その一言はとてつもない事のはずなのに、口にした本人は冷静だ。
きっと誰よりも早く強く覚悟を決めて待っていたのだろう。だから、いざエスプルギアの夜を迎えることになっても平然としていられる。その姿になぜかナイトは強いものを感じた。
「で、お前はそのなんとかの夜の解決法は思いついてるんだろうな? まさか400年のうのうと何もせずに生きてきたわけじゃあ……ないだろう?」
「当たり前よ。私を誰だと思っているの」
高飛車に笑うルリィの姿は自信に満ち溢れていた。これは期待してもよさそうだ。
「泣く子も黙る吸血鬼、だろう」
ナイトは昔、ルリィ自ら言っていた言葉を思い出す。
「いいえ、違うわ」
「え?」
「泣く子も黙る美しい吸血鬼様よ」
この世でこんなにも自らを称賛し「美しい」と言葉を贈るのはルリィくらいだろう。はたから見たらただのナルシスト、その一言で終わるが、本当に非の打ち所がない美麗な容姿には返す言葉が見つからなかった。
「月と太陽を奪い返す方法。それは闇を吸い取ってしまえばいいのよ」
「闇を吸い取るだと?」
「ええ。闇が月と太陽を隠してしまっているのなら、その隠すものをなくす。これが解決方法よ」
「そのために騎士が必要なのか……?」
「そういうこと。でも危険を伴(ともな)うわ。始めに言ったように命を落とすかもしれないという覚悟が必要。それでも……私のナイトになってくれないかしら?」
真っ直ぐにルリィの瞳がナイトを見つめる。空気は透き通り、聞こえるのは2人の息継ぎだけ。
月明かりの下、吸血鬼と青年は神秘的に輝いていた。
「お望み通り。お姫様」
ふっとナイトは無邪気に笑って見せた。ふざけるようなセリフにそれとは真逆の誠実な声と眼。
ルリィは胸が飛び跳ねた。
ナイトは、私の騎士になってくれるの……?
今、言われた言葉をかみしめる。それは予想外の言葉だった。
「なんだ、俺が断るとでも思ったか?」
「えっ、ええ、まあ……思ったわ。だって他人のために命を賭けるなんて……」
「他人? 何言ってんだ。俺はもうお前のもの。生まれたころからお前にこの命を捧げるために生きてきたようなものだからな」
「私の、もの……?」
はじめてナイトに会ったとき、自分は確かにこの青年は自らのものだと思った。黒い髪に黒い瞳。とても美しく魅了されるような真っ黒な青年は自分のもの。
しかし、いつしかナイトと触れ合っていくにつれて空腹は消えていき心はいつも温かかった。それと同時に大切な人となっていった。
だから自分のものなんて考えはなくなっていた。
「そう、わかったわ……ありがとう。私の騎士にナイトになってくれて、本当にありがとう……」
声が震えているのがわかる。
ナイトは悪魔ルシファーから月と太陽を奪還するために命さえ落とす覚悟で自分の騎士になってくれると約束した。
それがとても嬉しかった。
「貴方の力と命、全力で借りて全力で守らせていただくわ」
もしナイトが騎士にってくれた時、どうしても言いたかった言葉だ。「守る」その一言が言いたかった。自分のために命を賭けろと言いながらその命を守る。とてもややこしい言い回しだが、どうしても言いたかった。
——貴方は私が守る
しかし、その言葉にナイトは顔を曇らせた。
「俺は、別に守らなくたっていい。騎士をお姫様が守るなんて聞いたことないだろう?」
「でも、守りたいの!」
貴方に死んでほしくない!
それでもナイトはうつむいて低い声で「守らなくていい」と否定する。
「もし、俺が命を落とさなかったら、その時はお前が俺を食ってくれ。もともと俺は生贄専用としてきたんだ。……俺は……この世にいていい存在じゃ、ない……」
最後のほうはまるで自分を責めたてるように聞こえた。
「だって、そんな……なぜ——」
——なぜナイトはそんなにも自分の命を捨てたがるの?
そう口にしようとしたが、ナイトの何もうつさない瞳に声が詰まった。いつもより黒く曇った瞳だ。
ナイトは何か隠している。
そうルリィの勘が告げていた。
何かはわからないがそのことから命を落としたがる。
なんとも言えず、ただ黙ってナイトを見つめていると静かにナイトが立ち上がった。
「とにかく俺はお前の騎士になる。その代わりにお前は俺を食う。それでいいな」
冷水のように凍った言葉。
騎士になり、生贄にもなる。少し前の自分だったら一石二鳥だと喜んでいたが、今はとても辛かった。
「でも……!」
なんとか抗議しようとしたがそれは叶わなかった。
「こんなとこにいたのかい」
上から声が降ってくる。しわがれた老人の声。キューマネット夫人だ。
「夫人、どうして!」
ルリィは目を大きく見開き、驚愕に声を上げた。
「ちょっと言いたいことがあってお前さんの館に行ったんだが誰もいなくてねえ。それでこっちに来てみたら二人そろって仲良く穴に落ちてるみたいじゃないか。ひっひっひっひ。こりゃ面白いねえ」
穴の中にいるルリィとナイトを見つめキューマネット夫人は不気味に笑う。その様子に「笑ってないで助けてください!」と懇願しながら横目でナイトを見つめた。その視線に気づいたのかナイトもルリィを見つめ返した。何を言わずとも二人の視線が絡み合う。しかしナイトはふいに目をそらしルリィに背中を向けた。
「さっき言ったこと、いいよな」
「えっ…………ええ……」
かすかな声でルリィは肯定した。あまりにも悲しそうなナイトの後ろ姿に胸が痛い。
こうして、とても悲しい誓いが今晩交わされた。