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Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい ( No.58 )
日時: 2013/04/21 15:02
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

カラスが嘶(いなな)き生ぬるい風が吹く。ここは数歩先が暗闇の深い森……。
そんな中、前を見据えてずんずん進む一人の娘の姿があった。
目指す先には一軒の家が静かに建っている。森のふいんきを壊さない、それまた怪しげな家だった。
「ごめんあそばせ。誰かいらっしゃらないの?」
娘が右手でコツコツと扉をたたく。その音を合図に扉が薄く開いた。
「おお、よく来たねえ。——ルリィ」
その家の主、キューマネット夫人が黒いマントをかぶって出迎える。その姿を驚きもせず「ごきげんよう」とルリィは鈴の鳴る声で軽く会釈した。
穴に落ちた日からちょうど三日目。ルリィを探していたキューマネット夫人が二人を助け出してくれたのだ。
夫人の言いたいこととは「近々嵐が来るから気をつけな」という忠告だった。しかしナイトとの誓いで頭がいっぱいだったルリィにその言葉は届いていなかった。
「まあお入り。それにしても今日は何の用だい」
扉を開いて奥へと導く。家の中は外の暗い森とは違い、明るく柑橘系の香りがただよっていた。机の上には毛糸が転がっている。どうやら編み物をしていたようだ。
「あら、用がなければ来てはいけないの?」
「お前さんが相談事なしに来たためしがないもんでね。ひっひっひ」
「……それは否定できないわね。でも今日は少し違くてよ」
ルリィは手に持っていた籠を上げて見せる。その中には作りたてのバラのジャムがビンにぎっしり入っていた。今朝、ナイトに作ってもらったのだ。
「一緒にお茶をしない?」
ビンを片手に微笑む。その様子に夫人はゆっくりとうなづく。
「ちょうど孫も帰ってくる時間だしねえ、いいだろう。今、ハーブクッキーを持ってくるよ」
夫人はさわやかな香り漂うクッキーを。ルリィはバラのジャムをふんだんに溶かした紅茶を机へと並べる。お茶会の準備は完璧だ。あとはお客様がもう一人……
「ただいま帰りました。おばあ様ー!」
かけ声と共に扉が勢いよく開いた。
軽くはねたキャラメル色の髪、人懐っこそうな瞳。顔にはまだまだ幼さが残る10そこらの少年が立っている。
「ん? なんだかいい匂いがして……——!」
鼻をひくひくさせ辺りを見渡しているとその目がある一点で止まった。この家にいるはずのない者に。
「お、おお、お姉さまっあ!?」
大きい瞳をさらに見開き、ひっくり返った裏声で少年は叫ぶ。その様子にルリィは笑いながら少年へ近づいた。
「久しぶりね。ケイ」
ケイと呼ばれた少年は「うっ」と瞳をゆがませ涙目になる。そしてルリィのもとへと駆け寄った。
「お久しぶりです、ルリィお姉さまー!! この再会を毎日お待ちしておりました」
「あら、大げさね。ついひと月前に会ったじゃない」
抱きついてくるケイを受け止めつつ苦笑を浮かべる。
「いいえ、僕にとってはたった一秒でも永遠のものに感じました」
熱烈な愛の告白をするケイに、その祖母である夫人はルリィからケイを引きはがす。「ああっ」ともの惜しそうにケイは声を上げるが、理性を取り戻したように顔を赤く染めた。
「いきなり失礼しました、お姉さま」
「いえ、いいのよ。嬉しかったわ」
ルリィの一言にケイはとろけるような笑みを浮かべる。その甘いマスクは奥様達をいちころにしてしまいそうだ。
3人とも席へ着く。それからひと時の間、談笑が続いた。
「本当に昔からあんたはルリィが好きだねえ」
夫人が紅茶に口をつけつつ、つぶやく。
「もちろん! お姉さまは僕の尊敬する方です!!」
「ありがとう」
少年のキラキラした瞳をやさしく見つめ、ルリィはにこやかに微笑する。
「そして、いつかお姉さまにふさわしい男になったら迎えに行きますね」
「? えっと、大きくなったら館に来るの?」
ケイの言った意味が理解できずルリィは首をかしげ問う。その様子に「僕のほうから婿入りですか! それもいいですね」とこちらもチンプンカンな答えを返す。
「それより、お前さんなにか相談はないのかい」
「相談?」
「とぼけた顔をするんじゃないよ。なんだい、ナイトのことかい?」
その一言にルリィはクッキーを手から滑らせる。
「図星だね……ひっひっひ」
もう一度クッキーを取り直しばつが悪そうに目をそらした。
「……ナイトに騎士になってもらうことにしたの」
「そうかい」
覚悟を決めたようなルリィの瞳に無表情で夫人はあいづちを打つ。
「驚かないの?」
「こうなることを知っていたからね」
何もかも見通しているような夫人は落ち着きを払って手に持っていた紅茶を置いた。
「そう……。それでね騎士になったからにははっきりさせなくちゃいけない気持ちがあるの」
「ほお」
夫人が面白そうに声を上げた。
「どんな気持ちだい?」
「えっと、ナイトの声を聴くと心がぎゅうっとして、ナイトの姿が見えないと不安になって、でも顔は直視できなくて……そう、ナイトが笑った時はなんだかうれしいわ……。そんな気持ち」
「へえ」
ニヤニヤと夫人は笑う。しかし恥ずかしそうに下を向くルリィは気づかない。
「で、それがなんの気持ちか聞きたいのかい」
「ええ」
「それはねえ。今の世にいう『恋』じゃないのか……」
「違う!」
今まで黙っていたケイがバンッと机をたたいて立ち上がった。
「それは『友情』ですよ。お姉さま!!」
燃え上がる瞳でケイは説明を始める。
「ナイトという奴へのちょっとした友達心ですよ。一週間でも離れていれば消えます」
「そ、そうなのかしら?」
「そうなんです」
ケイは静かにゆっくり、かみしめるようにうなづく。その様子にルリィは「……そうかもしれないわね」とうなづき返した。
「ありがとう、ケイ。今までのもやもやが吹っ切れたような気がするわ」
「それはよかったです」
ケイは安心したように笑った。その裏側にある心を隠して。
「それじゃあ今日は帰るわね。もうすぐで日が落ちてしまうもの」
ごちそうさまと言い残すとルリィは軽い足どりで帰っていた。

その背中をみつめつつ、夫人は本当にケイが自分の孫なんだと確信した。
ケイは見たとおりルリィが好きだ。昔から恋心を抱いているのは明確で、ルリィに近づこうとする者は容赦なく攻撃する。
今は可愛らしいが、大きくなったら美少年へとなることを期待させるその顔、すばやく回転する頭脳。たぐいまれない言葉の操り師でもある。
その頭脳や操り方はキューマネット夫人と同じだった。
「こりゃあ、将来は大物になるねえ」
そうぽつりとつぶやく。その胸の中には期待と不安が混ざり合っていた。

ケイは去っていくルリィの背中をいつまでも見つめていた。
「お姉さまに近づく男、か……やっかいだな」
先ほどは友情だと言い張ったが、いつその心が違うものだと気づくか分からない。
「なぜそんなどこから湧いたか分からない男に目を向けるのですか、お姉さま。僕を、見て……」
誰にも聞こえないような小さな声で、ケイは静かにささやいた。