コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【12話更新】 ( No.72 )
- 日時: 2013/05/04 20:41
- 名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)
とんでもない爆発音と鈍い地響きをうならせ登場したのは、フェリア・キューマネット夫人の孫、ケイ・キューマネットだった。
まだ幼さの残る顔、しかし瞳は大人びていて妙な色気がある。少年から青年へと変わろうとしている背丈。キャラメル色の髪は今日もふんわりと遊ぶようにはねている。
その整った貴公子同前の容姿は誰が見ても惚れ惚れするものだった。
「一日ぶりですね。お姉さま」
にっこりと笑い、うやうやしく頭を下げる。ついつい「ほぉ」とため息が出そうだが、今はその場にそむくようなものだった。
外れかけた玄関の扉。飛び散った石や木の破片。そこはもう、玄関とは呼べないがれきの山状態だった。
「いったい、何事なの……?」
現在進行形の状況に頭がついていかず、ルリィはその場に立ち尽くした。ナイトも同じように椅子から立ち上がってケイを凝視している。
これはどう見てもケイが扉を壊したようにしか見えなかった。というか壊したのだろう。その証明となったのは……
「ああ、壊れてしまいましたね。手加減したつもりなのですが……すいません」
という謝罪の言葉だった。
ケイの言葉から数拍の間が空き、先に状況が何となく呑み込めたナイトが一歩前へと進み出た。その立ち位置はまるで外敵からルリィを背後へとかばうよう。
「お前は誰だ?」
静かに、そしてはっきり伝えられたのはたった一言。それは初対面の相手に向ける言葉。
(そういえばナイトにとっては見ず知らずの相手なんだわ! 私からケイのことを話したことはないし……ナイトから見たら、いきなり扉をぶち破って入ってきた侵入者のようよね!?)
今更のことを思い出し、ルリィはあわててケイのことを説明しようとした。しかし、それを防ぐようにやんわりとケイが微笑んだ。
「お姉さま、大丈夫です。ちょうどいい機会ですので自己紹介しますよ」
「そう……」
落ち着いた様子のケイに、少し安心しつつ心の中では疑問が積もった。
(なぜ、ケイはここへ来たのかしら? それにいつもと違う感じがするわ……)
いつもならふわふわした笑顔で駆け寄ってくるかわいい子なのだが、今日は少し違った。なんというか殺気立って……いるようだ。
「僕の名前はケイ・キューマネット。歳は今年で11になります。ああ、それと——今日からお世話になります」
ケイは礼儀正しく一礼した。手に大きなトランクを持っていたことに今更ながら気づく。
「家を飛び出してきたの!?」
ルリィが驚愕に声を上げる。
両親とでも喧嘩したのだろうか? いや、ケイの家のは今、祖母の夫人しかいない。両親は確か遠い異国へと旅立っているはずだ。だとしたら夫人と喧嘩か!?
などと頭をグルグルと回転させる。
その様子にナイトが「落ち着け」とルリィの肩に手を置く。
その光景にケイの眉がピクリと動いた。が、それも一瞬、いつも通りの笑顔になる。
「家を出てきた、というよりは『お姉さまを助けに来た』と言ったほうが正しいかもしれません」
「へ……どうゆうこと?」
「おばあ様から悪魔ルシファーのことや月光の雫のことは聞きました。そして月光の雫をみつけることが極めて困難なことも。話を聞き、僕ができることなら何でもやりたいと思い来たしだいです! お力になりたいです!!」
ケイの力強い言葉と夫人と喧嘩して家を飛び出してきたわけではない安堵、そして何よりもその心の優しさ「助けたい」の一言にルリィの瞳は揺らぎ、胸が詰まった。有難いような頼もしいような気持ちでいっぱいだった。
ルリィは勢いよくうなづき「こちらのほうこそ力になってもらえるとうれしい限りだわ!」と言おうとした寸前、ナイトがそれを制止するように「断る」と言い放った。
「力になってくれたり助けてもらえるのはおおいに助かるが、しかし、この館に余るほどの部屋はあれども腐るほどの食料はあれども、お前のお守りをするやつも、する気もない」
堂々と言った言葉には「子供の面倒は見れない」という上からの意図が隠れていた。
しかし、ケイはそれを知ってか知らずか、笑顔の表情は変えず
「大丈夫です! お姉さまやナイトさんの力がなくとも僕は一人で何事もこなせます」
と胸を張る。
しかしナイトは扉を指さして「お引き取り願おうか」と言い返した。それはまるでオオカミとウサギの戦いのようだ。
はらはらとルリィが見つめる中、しょんぼりとウサギのほうが耳を垂らした。
「そうですね。いきなり来た僕が悪かったです……扉も壊してしまいましたし、お姉さまの大事な時間を無駄にしてしまいましたし……うぅ、ご、めんなんさいぃ…………」
大きな瞳に涙が溜まる。今にもこぼれんばかりの涙眼でケイは頭を下げて館から足を一歩外へ出した。
「待って!」
ついついルリィがケイの肩をつかむ。
「こんな夜だし、今晩くらいは泊まってくといいわ。いいでしょう、ナイト……?」
すがるようにナイトのほうを振り返る。
ケイを引き留めたのは仕方のない事だった。なんせ暗闇に小動物を放り出すような気分がしたのだ。きっと闇の深い森に家があり住んでいるケイには慣れたものなのだろうが、こちらは不安になる。なにもしていないのに罪悪感がつもる一方だった。それにあんな胸をくすぐるような涙目をされたしまったら一瞬でノックアウトだ。
自分がこの館の主であることを忘れ、ナイトに許可を請うと「……仕方がないな」としぶしぶうなづいてくれた。
許可してもらった後も、背中に「何してくれてんだ、お前?」という殺気を感じるのは気のせいだ、多分。
「ありがとうございます、お姉さま!」
先ほどの涙はどこへ行ったのやら、嬉しそうに笑うケイにルリィは苦笑を浮かべた。
「あいつがナイトか……へぇ」
用意された部屋のベットに体を放り投げ、ケイは呟く。その口調は先ほどの礼儀正しい貴公子のようなものではなく乱暴でとがった口調だった。
「僕のお姉さまに触れるなんて……いつか八つ裂きにしてやる」
結んでいたネクタイを軽くゆるめ、寝返りを打った。頭には先ほど、ルリィへ落ち着くようにとナイトが手を置いた光景が浮かぶ。
扉を壊してしまったのもルリィとあの男が二人で話していたのにイラッときて、やってしまった。
初めて会うナイトの第一印象は「まあまあ」だった。これはケイにしては高評価だ。
真っ黒の黒髪に黒曜石のような瞳は神秘的で、すらりとした体系ながらも力強いものが確かにあった。
(それに、僕に衰えども、そこそこの整った容姿ではあったな)
堂々と自分を上に祀りつつ、腰にあった<獲物>を取り出した。獲物とはつまり相手を害すもの、ナイフのことだ。
いつも肌身離さず持っている祖母からもらったナイフ。まだこれを血で濡らしたことはないが、近いうちに使うことになるかもしれない。
(ナイトという男は何者だ?)
自分の持っていた獲物にも気づいてたし、警戒心も人一倍強かった。そして何よりも表側の子供のような幼く可愛らしい自分より、奥にいる正反対の今の自分を見ていたような気がする。
(まあ、どちらにしろ、お姉さまがあいつに対してなにかしらの気持ちを持っているのは確かだ。その気持ちが形あるものに変わらぬ前に……あの男を処分しなくては…………)
カーテンの裾からのぞく、妖艶で美しい月にルリィの姿を重ねる。
「残りはわずか三日……」
誰もいない部屋で静かに呟く。そして持ってきた洋服の一枚を引きちぎり、壁に張り付けた。
三日とは祖母がここへ迎えに来るまでの時間と、与えてくれるわずかな日数……。全てを見通した上で行動する祖母がくれたわずかな期間だ。
自分が今、祖母の手の上で踊らされているのは分かっている。
きっとナイト(騎士)を試す第2試験のつもりなのだろう。ルリィを断固として守り、愛し、近づく者には容赦のない自分を送り付け、あの男がどう対処するのか試しているのだ。
だが、今ここのいる時間は自分だけのものだ。つまり、祖母の手の中でどう動くのかは自分次第。
「おばあ様、僕、少しやりすぎちゃうかもしれません」
可愛らしい声でケイはナイフを振り上げ、壁に貼り付けた布に一つのバツ印を刻んだ。
試練の期間はこれから三日間。