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Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【参照500突破 番外編あり】 ( No.86 )
日時: 2013/05/06 09:57
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

【番外編 危険な香りと甘い味】

シャカシャカシャカ

一定のリズムで軽い音が流れる。

シャカシャカシャカシャカ

まるで遊ぶようになり続けるその音は聞いていて飽きなかった。そして音と共に香ばしく微かに甘い匂いが漂ってくる。
ルリィは読んでいた本から顔を上げ、興味を抱きながら席を立った。
耳と鼻を頼りに館の中を探し歩いてい見る。どうにも台所からのようだ。
少しの不安と大いなる興味を胸にルリィは意を決して台所をのぞいてみた。そこにはエプロンをつけ手ではリズミカルに泡だて器を回す——
「おお、ルリィか」
——ナイトがいた。
ホイップを泡立てる黒髪のエプロン少年。それはいつものナイトとはかけ離れた光景だったが、どうにも絵になってしまう。
「…………何をしているの?」
一拍の間、まじまじとナイトを見つめ近寄って聞いてみた。
「何って見ればわかるだろう? 菓子作りだ」
「なぜお菓子作り!?」
ナイトの答えに驚いたような声を上げる。いつも近づくなオーラぷんぷんの青年がお菓子作りに精をだしていたら、そりゃ驚くだろう。
「なぜって……そんなのも分からないのか? 食べたいから、作るんだ」
小馬鹿にした顔でナイトはルリィを見る。ルリィの額にピキッと青筋が浮かんだのは言うまでもない。
「ええ、分からないわよ! ナイトがお菓子作りしてるところなんて初めて見たんだもの! それにお菓子作りなんて私、やったことないものね!」
まくしたてる勢いで言い放つと少しスッキリした。堂々と言えるような内容じゃないのだが。
この場にいると再度、馬鹿にされそうなので退出するべく足を台所の出口へと向ける。しかしその前にナイトの口からまた小馬鹿にした言葉が漏れた。
「菓子作りがしたことないって……嘘だろう? まさか菓子作りができないのか?」
なくなろうとしていた額の青筋が今度こそ強く浮かび上がる。ルリィは燃える瞳で振り返った。
「できないわけじゃなくてよ! したことがないだけなの。作ってやろうじゃない!!」
むんずともう一つのエプロンを乱暴につかみ装着する。負けず嫌いの心に火がついたのだ。
いつでも自分は人より一段も二段も上だった。こんなところでその誇りが気づつけられるのは避けなければならない。
「何を作っているの?」
薄力粉と泡だて器を手に持つ。準備はばっちりだ。
「ビュッシュ・ド・ノエルだ」
「ビュッシ・ドゥ・ノルッ……? なんていったの!?」
わけのわからない横文字の言葉に舌をかみそうだ。そんな様子のルリィを冷たい目で見つめつつナイトはため息を吐いた。
「……簡単に言うとだな、チョコレートケーキだ……」
あきれたような声で呟く。
「チョ、チョコレートケーキね! ええ、もちろん知っていたわよ!? ただちょっと度忘れをね」
冷や汗をかきつつあたふたと言い訳を述べる。ナイトの視線が刺さるのは気のせいだ、きっと。
「まずはあれね、土台のスポンジを……——わあっ!!」
視線から逃げるようにボールを取り出し、その中に粉を投入するべく袋が傾ける、が手が滑り中身が全部外へと落ちる。
「コホンッ、コホンッ」
辺りは粉が舞い散り真っ白だ。その粉を吸い、今度は咳が出る。それを手で振りつつ脇に置いてあったチョコレートへと手を伸ばした。
「ちょっと失敗しただけよ! スポンジは置いといて、次はチョコを刻むわね……——きゃあーっ!?」
ナイトの顔真横に包丁が通過する。そして壁に深々と突き刺さった。チョコレートを刻もうとして力を入れた瞬間、先ほどの粉が鼻をくすぐりくしゃみが出た。その衝撃で包丁が手を離れ飛んで行ったのだ。
ルリィの顔からさあと血が引いていく。だがそれとは逆に頭はグルんグルんと回りだした。つまり混乱状態に入ったのだ。
「きゃあ、ごめんなさい! もうチョコレートを湯煎するわね!?」
湯煎とはチョコレートを熱い熱湯で溶かすことだ。そうすることで滑らかな舌触りになる。
今のナイトの顔を想像するだけで身震いがした。何も言葉を発しない分、怖さ2倍だ。
「これくらいなら私にもできるわよ!? 安心して……」
そう言いつつ今度こそへまをしないように細心の注意を払い、熱湯の入ったボールにチョコの入ったボールを重ねる。
そっと、やさしく溶かすようにベラで混ぜてみる。すると素晴らしい速さでカチカチだったチョコレートが溶けていった。
「わあっ! ほらね言ったとおりでしょ!?」
見て見てと言わんばかりにルリィはボールをナイトのほうへ突き出す。しかしその勢いで熱湯が飛び跳ね、それが手にかかった拍子に熱さでボールを落としてしまった。チョコレートが飛び散る。
台所はまるで地獄絵だった。
「……」
「…………」
二人の間にながい沈黙が流れる。全体にかかった粉、壁に突き刺さった包丁、辺りに飛び散ったチョコレート。台所は今や、戦争後のようなありさまだった。
「……ナ、ナイト、さん?」
隣でこの光景をみつめるナイトにおそるおそる話しかけてみる。自分がお菓子作りといえないような馬鹿をしている間、驚くほどに静かにしていたので今、ナイトがどんな表情をしているのか全く想像できなかった。
横を振り向くとそこには一瞬で凍るような冷たいオーラを出して、髪にチョコレートをつけたナイトの冷たい表情……
「…………出て……いけーっ!」
「ひゃ、ひゃい! すいませんでしたー!!」
半分涙目になりながら、ナイトの指示に従ってルリィは台所を飛び出した。

【つづく】

Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【参照500突破 番外編あり】 ( No.87 )
日時: 2013/05/06 09:58
名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)

一人、自室で反省と後悔に否まれルリィは小さく縮こまっていた。
(私、なんでお菓子作りなんてしちゃったのかしら……したこともなかったのに。あんなことになるなんて想像もしていなかったわ。それに片づけも……)
台所でとんだ大波乱を巻き起こし、しかもそれを片づけもしないで飛び出してしてきてしまった。それが今となっては重い石のように肩に圧し掛かる。
(きっと、嫌われてしまったわ)
自分があんなことに腹を立てて見返してやろうなんて思わなければお菓子作りは成功していただろう。そして今頃ナイトと3時の紅茶を……。
目頭が熱くなった。ふいに視界がぼやける。頭にナイトの怒った顔と、めちゃくちゃになった台所の場面が交互に浮かぶ。
もしやり直せるのなら今すぐにでもやり直したい。そう切実に願わずにはいられなかった。
「ごめん、なさい……」
頬を伝う雫と共に、言葉がこぼれた。誰にも届かない小さな反省……に返ってくるはずもない返事がされた。
「……別に気にするな」
ぶっきらぼうで静かな声。でも今一番聞きたかった声だ。
「ナイト……」
「ほら……これでも食って元気出せ」
差し出されたのはチョコレート色の鮮やかなケーキ。ナイトが言っていたビュッシュ・ド・ノエルだ。
「——! いいの……?」
恐る恐る聞いてみる。
ナイトは「当たり前だろう」と前へ突き出してくる。
「……ありがとう」
ケーキを受け取り、フォークで一口、口の中に入れてみた。
「わぁ……!」
口の中にふんわりとした甘さが広がる。チョコレートのビターな苦さもあるが、またそれが甘すぎるの押さえていて、いくらでも食べれそうだ。
「おいしいわ!」
満面の笑みでケーキの製作者を振り返ると、そこにはそっぽを向いて頬を微かに染めるナイトがいた。
(……え、照れてる?)
目を丸くして凝視すると、「見るな!」とさらにケーキが空っぽになったお皿に追加された。
渡されたケーキにかぶりつきながらも、横目で褒められて照れているナイトを見つめる。
「ふ、ふふふふ」
ささやかな笑みが漏れる。今はどうしてもナイトが可愛らしくて仕方がなかったのだ。
ナイトの作ってくれたケーキのおかげか、はたまた貴重な照れてる中の可愛いナイト張本人のおかげか、先ほどまで心の中にあった黒い塊は溶けていた。
「おい」
ケーキを夢中で口に運んでいると手が伸びてきた。
「ふえ、ふぁに(なに)?」
口に詰め込みすぎて、正しい発音ができなくなっていると、ナイトの手が顎をとらえる。くいっと上を向かされた。
「んっ……! ど、どうしたの!?」
驚きのあまり口に詰まっていたケーキを一気に飲み込む。
「動くな」
驚いて身を引こうとするルリィに、ナイトが一喝する。しかしそれは、今の状況では難易度の高いものだった。
(近いわよ……!)
お互いの距離はほんのちょっと。目の前にある、黒曜石の瞳に吸い寄せられてしまう。
ケーキの甘い香りに酔ってしまったのだろうか? これは危険な香りだったのか。
「ルリィ」
甘く妖艶で、しかし低い声に名前を呼ばれ、ドキッと心が跳ねる。
「な、なに?」
一拍遅れ、意識的に下を向いていた顔を上げた。
(この状況は……!!)
お伽話にあるような、女の子ならだれもが憧れる、あのシーンだろうか。
最近読んだ、吸血鬼と人間が恋に落ちる本にものっていた。二人にはどうにもできない吸血鬼と人間という高い高い壁を、懸命に乗り越えながら大反乱の末、月が光る丘の上、愛を誓った二人がとった行動……。
(キ、キ、キッー!)
「クリームついてるぞ」
ほらっと指でほっぺをこすられる。その指には先ほどかぶりついたケーキの白い生クリームがついていた。
「ったく、そんな急いで食べなくても、いっぱいあるから心配するな」
「……え、ええ」
それで用事は済んだように、ナイトはあっさり離れる。どうやら自分はひどく恥ずかしい間違いをしてしまったようだ。
(う、嘘でしょう!? 嫌だわ、私……一瞬でもキスを想像してしまったなんて…………!)
羞恥で頬が赤く染まる。穴があったら入りたい気分だ。
恥ずかしさでうずくまっていると、ナイトが何かを思い出したかのようにエプロンを放り投げてきた。
「ルリィ、今からお前にケーキ作りの基本を、一から叩き込んでやる」
「え…………えぇー!?」
もうケーキ作りはこりごりだと思っていたルリィの絶叫が館中に響いた。

【番外編 おわり】