コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼だって恋に落ちるらしい【参照500突破 番外編あり】 ( No.91 )
- 日時: 2013/05/11 15:45
- 名前: 妖狐 (ID: 8.g3rq.8)
鋭い瞳を光らせ、怪しく可愛く笑う猫が開演を告げる。
たった一人の主人を守るために、その爪をとがらせた。
「おはようございます! お姉さま」
きっちりとした敬語だが、どこか高い、まだ少年の声が響く。
「あら、早起きなのね。いいことだわ、おはよう」
声のしたほうを振り向き、ルリィは微笑んだ。
焦げ茶色のジャケットと白いシャツに身を包み、首には紋章の入った赤いネクタイを結んでいる。膝丈のベルトが垂れたズボンは動きやすそうだ。
まだ太陽が昇り切っていない早朝にも関わらず、ケイは眠気などない、ぱっちりとした大きなくりくりとした瞳で無邪気に笑う。
「お姉さまこそ早いですね。僕は少し目が覚めてしまっただけですよ。一つ屋根の下にお姉さまがいると思ったら……もう」
「ふふふ、私が吸血鬼だから眠れない? 夜、棺から出てくるのが怖いのかしら」
「いえ! そういうわけでは、」
「冗談よ、冗談。別にケイのことを食らったりしないわ。そうね、自分の家ではないから居心地は多少悪いかもしれないわね」
基本、ルリィは色恋沙汰に関しては全く疎(うと)い。自分のこととなると、全く気付かないのだ。今までケイが何度「好きだ」「惚れてしまう」といった感情がこもった言葉を投げても、笑って返されたしまうのにはこういう理由があった。
(僕のこと、子ども扱いしてるんだ)
他の人にはわからいほど些細だが、ほんの少しだけケイは仏頂面になった。
唯一、隠された裏の黒い姿ではなく、子供のような可愛らしい仮面に覆われたケイの小さな顔の変化に気づくのは祖母くらいだ。
昔から遊んでいて、もっと幼い頃のケイを知っているルリィはケイの成長さえ感じているものの態度は昔のままだ。
ケイが自分を好きなどとはこれぽっちも考えていない。
ケイの「好き」の言葉には、男と女の恋愛感情ではなく姉と弟のような姉弟感情だと思っているのだ。
「お姉さま、昨夜は外が暗いとのことでここに泊めてもらいましたが、もう少しだけここに居てもよろしいでしょうか?」
不満にうずく胸を隠しつつ、上目づかいでケイは懇願した。瞳はうるめいている。
「うっ……そ、そうねぇ」
ケイの計算しつくされたしぐさに気づきもせず、キュンと胸を高鳴らせた。
「少しぐらいなら……」
「だめだ」
許しそうになるルリィの言葉を遮り、ナイトが階段から降りてきた。
昨日と同じく、ナイトはケイが家に滞在することを断固として拒否する。その理由がケイの裏を感じ取って警戒しているとは知らないルリィが「少しだけなら、いいじゃない?」とケイの加勢をするように声を発する。
その様子にナイトは「はあ」とため息をついた。
朝のナイトは一日の中で一番不機嫌だ。朝に弱いのか普通の倍、目つきが鋭くめんどくさい物事を避ける。
「……あと、二日だ。明後日には帰れ」
めんどくさそうに額に手をあて、ケイをにらんだ。
「ありがとうございます!」
ケイは嬉しそうに笑う。しかし、心の中では薄黒いものがうごめいていた。
館を掃除するべく、ほうきを片手にナイトは個別にある部屋を一つ一つ回る。毎日掃除してるため、そうそう埃は出てこないしきれいだがしっかりと水拭きをかける。
その時、鋭い物が右手をかすめた。手から数滴、鮮やかな血が雫となって落ちる。
「——っ!」
右手に刺さったのはガラスの破片だった。しかし、何かが壊れた形跡はない。〝たまたま〝そこに破片があったようだ。
ナイトは素早くポケットからハンカチを取り出し止血をした。深く刺さった様子はないが血は止まらずに流れ続ける。
血が止まり痛みも引いてきたころ、この位なんでもないようにナイトは掃除を再開した。きっとこの場にルリィがいたら右手を包帯でぐるぐる巻きにされていただろう。
ガラスの破片でまた手を切らないようにしながら片づける。利き手となる右手を怪我してしまったため、少しの間は細かい作業ができないだろう。
(まいったな……)
心の中で呟きつつ、破片を詰め込んだ袋を処分するべく部屋を出た。誰もいない無人となった部屋。しかし、ひそかに笑う者がいた。
その日の掃除は怪我をしてしまったため早く切り上げ、昼食の準備や紅茶を淹れるため台所に立った。
ケイが家に来てから料理に費やす時間が増えた。夜以外は紅茶しか飲まないルリィは問題ないが、育ちざかりのケイはたくさん食べるため、そこに自分の分も付け加えたら一回で盛大な量になる。
怪我した手をあまり使わず左手だけで料理をしよう、と心がけるが上手くいかない。
イライラした気持ちで今夜のメインディッシュの下ごしらえと、ロブスターに手を伸ばした。
その瞬間、ロブスターがビクンッと跳ねて大きなハサミを振り上げてきた。
「なっ!」
とっさに手を引っ込める。しかし、ロブスターの勢いは止まらず狂ったように襲いかかってきた。
(なんでだ!?)
ロブスターは一晩冷凍庫に入れて、鮮度を保ったまま凍死という方法であの世に行ってもらった。なので生きているはずがない。はずかないのだが……
(どうして動いている?)
わけがわからず、自分のほうへと襲いかかってくるロブスターに、躊躇(ちゅうちょ)なく包丁を投げた。ロブスターのハサミは鋭く、触れてしまったらひとたまりもない。気づかっている暇はなかった。
深く包丁がロブスターを貫いた。その場で今度こそロブスターは亡くなっただろう。それを確認してから重く息を吐いた。
「勘弁してくれないか……」
ロブスターは死んでいるはずなのに生きていた。
いや、違う。
ロブスターは死んでいた。その死んだロブスターを……
「誰かが生きたロブスターに入れ替えた……か」
今日の自分は最高に運がついてないらしい。
その後も悪運はついて回った。
キノコを採取しに行ったとき、なぜか籠に入れた覚えのない猛毒のキノコが入っていて口に含みそうになったり。落ち着いて紅茶を飲んでいた時、頭上にあった棚のフックが外れて棚ごと降って来たり。
極めつけは階段から降りるとき、背中を誰かに押され危うく転倒しそうになった。
だんだんエスカレートしていく悪運にナイトはため息をつくしかなかった。
今まで起きたことが偶然の自然現象でないのは明白だ。どれも誰かが起こしたであろう仕業。しかし、その全てが大けがを負いそうなものであれど命を落とすような過酷のものではなかった。
それは確かに黒き心があれど、純粋な心も失われていない者の仕業。
「これじゃあ、ろくに休めもしない……」
疲れた眼でその場に座り込む。眼を閉じて休もうとしたとき、まぶたの奥に一人の娘が映った。
(ルリィ……)
このままだと、彼女まで巻き込まれ傷つけてしまうかもしれない。自分はまだいいが彼女の清らかで白い肌を傷つけたくはなかった。
「度が、すぎるんじゃないか? 子供(がき)のくせして」
ナイトは立ち上がり、害をなす犯人のもとへ身をひるがえして向かった。
どちらも、一人の少女を守るためだけにその頭脳を使い、体を動かす。
目的は同じであれど、協力はできないのが定めなのか。
一匹の狼は牙をむき出す小さな猫を見つめた。