コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 偽装人間@000【更新しました〜&参照1400突破】 ( No.200 )
- 日時: 2013/06/09 21:20
- 名前: 朔良 (ID: 2IhC5/Vi)
第7章 少女の母は天才である
日曜日の朝。休日で、仕事はオフ。だが、澪は忙しそうであった。昨日の晩、颯から届いたメールを見て、澪はもう一度場所と時間を確認する。
帽子を深くかぶり、黒い眼鏡をかける。外に出て、女優の「菊川澪」だとばれたら騒ぎになるだろう。
外はもう真夏のように暑かった。
澪はある駅前に向かった。
『6月16日 駅前のペンギン噴水の前に10時来て』
それだけ書かれた短いメールが颯から届いたのだ。きっと、澪の母親の話をするためだ。
澪が駅前に着いたのは9時45分。
少しはやかったか、と思いながらも澪は噴水の前のベンチに座っていないか探す。
——いた。
澪は目当ての人物に向かって歩きはじめた。
「……篠田さん」
「……俺だって気付いたの?!」
颯は澪に話しかけられて心底驚いた。颯の今日の格好は茶色の帽子にフレームが丸い眼鏡。それにマスク。
「ええ、まあ……すみません、遅れてしまって」
「ああ、大丈夫だよ。じゃあ、とりあえずカフェにでも入ろうか」
澪は頷きながら歩きはじめた颯について行った。
入ったカフェは静かで、感じのいい店だった。
「——さて、何から話そうか?」
「なぜ、私の母親のことを知っているのか、です」
颯はくすりと笑い、コーヒーを一口、口に入れた。
「分かった。でも、最初に君のお母さんの話を聞かせてよ。それと……お母さんが亡くなった後の話も」
その瞬間、沈黙が訪れる。
澪は観念したように、ため息をつき、颯に問いかける。
「……長くなると思いますけど」
「いいよ。その覚悟で来てるんだから」
颯は優しく笑った。
アイスコーヒーを飲み、澪は話をし始める。
「12年前——私が4歳のときに母が亡くなって以来、私は母の父親と暮らしていました。私の父は私が生まれる前に亡くなっていたので。
お爺さんは母を亡くなった悲しみに耐えられていませんでした。私のことなんかどうでもよさそうにしていました。いつも画面の母を見ていて——小さかった私は『寂しい』と感じていました。
でも、ある時……お爺さんが私のことを母の名前で呼んだんです。多分、私と母とで何か似てる瞬間があったのでしょう。それ以来、度々私は役として、『母』を演じました。気にいられるために、捨てられない為に……」
澪は一旦、そこで話を区切り、アイスコーヒーを口に含んだ。颯は黙って聞いている。
「……ですが、私が6歳の時に母の妹夫婦が私を引き取りに来たんです。『お爺さんも大変だから』って……。お別れするときのお爺さんの顔は今でも忘れられないです。それから9年の間、その人たちのお世話になりました。高校入学とともに、一人暮らしを始めてます」
話を終え、澪はふと思った。
——どうして素性も知れない相手にこんな話をしているのであろう。
「ふーん……昔から演じるのが好きなんだねえ」
「……そこですか」
澪は思わず本音を口に出す。
「……で、その母親って言うのが……」
颯は一旦そこで切り、続きを言う。
「あの天才女優……藤本理央なんでしょ?」
その言葉を聞き、澪は眉を少しだけあげる。
「次はあなたが話して下さい……知っている人なんてほとんどいないはずです。私の母親が藤本理央だなんてこと——」
「……俺も長くなるけど、良い?」
「……良いですよ。私もその覚悟で来ているので」
澪は皮肉を込めてそう言うと、比呂は少し笑った。